古くは文人、現在ではクリエイターに愛される中央線・西荻窪駅。最近では通好みなビストロなどが軒を連ね、美食タウンとしても知名度がアップしました。そんな西荻窪駅から10分ほど歩いた閑静な住宅街にあるのが『タグチベーカリー』です。
目指すのはフランス流「街のパン屋さん」
シンプルながら温かみのある店先
中央線・西荻窪駅北口からのんびり歩いて10分ほど、駅前の商店街を抜けた住宅街の一角に『タグチベーカリー』が見えてきました。東側には東京女子大学、北側には善福寺公園があり、文教エリアと高級住宅街が隣接する非常に落ち着いた雰囲気の場所です。
小麦粉で白く染まるポロシャツが、職人であることを物語ります
学生時代にパン屋でアルバイトをしたことがきっかけでパンの世界に足を踏み入れたという「タグチベーカリー」の店主・田口幹雄さんにお話を伺いました。
「パンは奥深くておもしろい。と、思ったのがパン屋さんを志した一番の理由です。パンは料理とは違って、発酵する“生き物”なんですね。毎日、温度や湿度など、状況によって変わるので同じものを作ることができない。それをいかに同じように作るかっていうのがパン作りのおもしろいところなんです」と田口さん。
「田口」をグラフィックにデザインした店舗ロゴ
駅前ではなく、正直パン屋さんとしては好立地とはいえない場所になぜお店をオープンさせたのでしょうか?
「もともと荻窪から吉祥寺あたりの街の雰囲気が好きなんです。そして、お店をオープンするときにイメージしたのが“フランスのパン屋さん”。賑やかな街中にあるのではなく、家の近くにあって、毎日食べるパンを買いに行けるお店にしたいと思いました。やっぱりパンは生き物なので、その日に買ったパンはその日に食べてもらいたいんです。そして、“毎日食べても飽きないパン”を作りたいんです」。
奇をてらったものではなく、“毎日食べたくなる”パンたち
“毎日食べても飽きないパン”ということで、「タグチベーカリー」に並ぶのは、バゲット、食パン、バターロールといったシンプルなパンが中心。近所に暮らすご年配を中心に常連さんも多いのだそうです。
店の一番人気!焼きあがったばかりの食パン
実際、お客さんに1番人気は、朝ごはんの定番でもある食パン。
「最近の食パンは甘さが際立っていますよね。でもうちの食パンには糖分はあまり入れず、はちみつを使って自然な甘さにこだわった食パンを作っています」。
シンプルで味わい深いパンが揃っているところも人気の秘密なのかもしれませんね。
季節によって保存場所が変わる、大切に育てている自家製“発酵種”
食パンの横に見える保存ビンに入っているのが田口さん手作りの発酵種
パンの陳列棚を見ていると気になる保存ビンが。このビンの中には田口さんが小麦粉とライ麦粉、水から作ったという発酵種が入っています。2012年のオープン以来、注ぎ足しながら大切に育ててきた発酵種です。
「よくパンを食べた感想で“小麦の香りが…”って表現されることがありますよね。でもパンの香りって小麦の香りではなく、発酵臭なんです。小麦自体に香りはないのですが、発酵することによってガスが出て、それを焼いたときにメイラード反応(糖とアミノ酸を加熱したときに起こる現象。焼き色がつき、香りが発生する)が起きて、パン特有の香りが生まれるのです」。
今まで小麦の香りだと思っていたあの香り、実は発酵臭だったなんて驚きです!
「発酵にはホモ型とテヘロ型の2種類があります。ホモ型はヨーグルトの発酵なのですが、そこにテヘロ型の発酵を加えていくのですが。それがうまくいかないと酸味が出てしまったりするので、発酵種の管理ってものすごく難しくて大変なんです。だから、うちも季節によって発酵種の保存場所を変えてベストな状態を保つように努力しています」。
夏は涼しいショーケースの近く、冬は温かいオーブンのそばに、試行錯誤を繰り返しながら発酵種を育て続けているのだそうです。
小麦粉別に生まれるフランスパンの数々
「タグチベーカリー」のショーケースには数種類のフランスパンが並びます。
「朝一番に焼きたてを食べて欲しいので、夜に生地を仕込み夜通しで長時間発酵して朝焼き上げます。レトロバゲットはフランス産の小麦粉、バタールは群馬県産のうどん粉、かおりバタールは北海道産の小麦粉を使用しています。小麦粉によって弾力が変わるので、それぞれ異なった食感を楽しめると思います」。
いろいろな小麦で作られたバゲットがひとつのお店で楽しめるなんて、うれしいですよね。それにしても、群馬県で小麦が生産されているとは意外です!
「あまり知られていないと思うのですが、実は小麦って北海道から九州まで日本中で作られているんですよ。北海道が有名なのは、梅雨がないので赤カビが発生しにくく、小麦に適した環境だから。でも、そのカビにも負けない耐性のある小麦もどんどん品種改良されてきています。新しい小麦があれば、パン職人仲間の横のつながりで教えてもらったり、教えてあげたり。情報共有しながら、気になる小麦粉を仕入れて試作しています。今は佐賀県産のおもしろい小麦粉が見つかったので試作中です!」。いろいろな種類を買って、食べ比べするのも楽しそう!
さらに定番の商品でも、季節や年によって小麦をマイナーチェンジしているそう。もちろん安定した品質を保たなくてはいけないので、お客さんが気づいてしまうほどの大きな変化はあえて作らないそうですが、「でも、やっぱり味は進化させていかないと!」と田口さんは語ります。
ヨーロッパのパンを伝えたい
ハード系パンの中には、大納言、イチゴバナーヌなどユニークなものも
「タグチベーカリー」のパンはハード系が多い印象ですが、何か理由はあるのでしょうか?
「パンって本来固いものだと思うんですよ(笑)。フランスパンもドイツパンも固い!ドイツでは“固くないとパンじゃない”と言われるくらいです。柔らかいパンというのは米文化が根付いている日本独特のものです」。
なるほど、「タグチベーカリー」のパンはヨーロッパのパン文化を継承しているんですね。
ということで、今回はハード系のパンをいただいてみました。
「イチゴバナーヌ」は、イチゴとバナナのフィリングが端に入っていて、それぞれの風味をしっかりと感じることができます。
朝食にぴったりの「レトロバゲット」は、パリッと、モチッの両方の食感を楽しめます。ジャム、バター、オリーブオイル…、さまざまなパンのお供と相性抜群なので、毎日アレンジしながら楽しむことができそうです。
「パンにとって何がいいのかって正直分からない(笑)。だからこそ、日々どんどん進化していくし、毎日が勉強です」そう語る田口さんのまなざしは“職人”そのものでした。そんな“職人”の思いが詰まったパン、ぜひ味わってみて下さい。
※記事の内容は取材当時のものです。 最新の情報は、お店のHP、SNSなどをご確認ください。
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