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山の麓から糧となるパンを。手でこねて薪窯で焼くパン屋『薪火野』

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山の麓から糧となるパンを。手でこねて薪窯で焼くパン屋『薪火野』

兵庫県丹波市の山のふもとにたたずむパン屋『薪火野』。小麦を手でこねて薪窯で焼くという伝統的な手法で生み出されるパンはどっしりした風貌がチャームポイント。「毎日の糧に」という想いで職人・中山大輔さんが1人で焼いています。

小麦をふんだんに使えるカンパーニュやブレ、ブリオッシュをメインに、店舗販売はせず、定期便やオンラインなどの限られた場で販売。既存のパン屋のあり方にこだわらず、理想を一途に形にしていく姿が今、少しずつ支持を集めています。

 

毎日の食卓に寄り添う“水”のようなパン

パン食品・中山さんPhoto by 大西文香

「僕のパンはとてもシンプルです。材料は小麦だけ。食べたあとに印象が残らない“水”みたいなパンを目指しています。そのほうが皆さんの毎日の食卓に寄り添えますから」。

中山さんがパン職人を志したのは大学生の頃。東日本大震災を機に日本を取り巻く社会構造に疑問を感じ、一方で何もできない自分に虚無感を抱いていました。そんなある日、以前学生プロジェクトで滞在した鹿児島の農家から小麦の粒が届きます。その小麦が中山さんの将来を決定づけました。

「育てていた小麦を途絶えさせぬよう僕のもとに送られてきたんです。でもマンション住まいで畑に蒔くわけにもいかなくて。まずは“小麦”を挽いて“小麦粉”にするために石臼を購入。小麦粉に水を混ぜて発酵種としてつなぎ、手でこねてパンを焼きはじめました」。

パンをこねる様子Photo by 大西文香

時は就職活動真っただ中。就職するイメージが湧かない反面、小麦の種をつないでいくことは食べたり眠ったりすることと同様、生活に馴染んでいったそう。

「日本の小麦を未来に残したいと思い、パン屋になろうと決めました。有機小麦を使い、手でこねて薪窯で焼く方法なら環境に負担が少ないし持続可能。小麦を使ったカンパーニュやブリオッシュってヨーロッパでは主食なんです。その食文化を日本で継承していくことが僕にできる第一歩だと考えました」。

 

ルーツを求めてフランスの美しい港町・ロシェルへ

港町・ロシェルへ

日本でパン職人になるにはパン屋で修行を重ねるのが一般的。中山さんも同じ道をたどろうとしましたが、手ごねや薪窯で焼く店がほとんどなく、大学中退後は単身でヨーロッパに渡りました。

「僕が作りたいパンのルーツはヨーロッパなので、現地で学ぶほうが早いと思いました。フランスを選んだのは使う薪窯がフランス式だったのと、いろんな国のパンの中でもフランスパンが一番おいしく感じたから」。

修行先はパリからTGVに3時間乗った所にある港町・ロシェル。農家と薪窯のパン屋で働く日々の中で得たものは何だったのでしょうか。

中山さんが働いたロシェルの薪窯のパン屋さん中山さんが働いたロシェルの薪窯のパン屋さん

「一番は、手でこねて薪窯で焼くというパン作りのルーツを自分に刻めたことです。石臼で小麦を挽き手でこねて薪窯で焼く方法はとても原始的で、フランスでさえ踏襲している職人は少なくなっています。でも彼らが長い歴史の中で文化として残してくれたから、僕はパンを焼ける。原点に足を運び『この方法でパンを作ろう』と腹落ちできたことが一番の収穫でした」。

現地ではフランス人の価値観にもたっぷり刺激を受けたと話します。それは楽しむこと、感謝すること、考えること。

「たとえば農作業中にワインを飲む日もあったりして最高でした(笑)。飲んじゃうと仕事の進捗は遅くなるけど『せっかく仕事するなら楽しいほうがいい』ってスタンスなんです。彼らはバカンスが何よりも大事で、その優先順位が明確だから仕事に縛られすぎていない。自分に必要なものを理解していると“ゆとり”を持てるんだと実感しました」。

中山さんが働いたロシェルの薪窯のパン屋さん

「あと食事の前に毎回祈りを捧げるんです。宗教的な側面もあると思いますが『全て神からの恵みだから感謝しよう』という姿勢がスタンダード。野菜、小麦などの食材がどのように作られているか理解しているから、その1つひとつに実感を持って感謝できるんですよね。それに、フランスでは子どもも自分の意見をしっかり持っています。たとえばゴミを分別する子どもに『なぜ分別するの?』と聞いたら『そのほうがエコだから未来にいいでしょ』って当たり前のように返される。幼くても環境について考え行動していて。何気ないことかもしれませんが驚きました」。

 

『薪火野』のパンが日常の小さな光になるように

発酵中の生地Photo by 大西文香

ヨーロッパ修行から帰国後、『薪火野』は2019年6月に実店舗をオープンしましたが、ほどなくして閉店。今年の夏からはお店は開けず、毎月パンを郵送する「定期便」を軸に活動しています。

「昨夏、母の病気が発覚して実家に戻ることになり実店舗を閉めざるをえませんでした。パンをいつ焼けるかわからない暗中模索の日々でしたが、町中でふと耳にするBGMや友人の言葉が救いになったんです。そういう小さなしあわせが僕にとっての光だったし、光を感じたから、今またパンを焼けています」。

灯火Photo by 大西文香

「だから今度は、僕のパンが誰かの『光を見つけるきっかけ』になれたら一番うれしい。そう思って定期便をはじめました。たとえば『明日の朝ごはん何にする?』とか『ベーコンと合わせよう』というささやかな会話も光だと思う。そして主体的に食べるものを選び、食について考える人が増えるといいな」。

『薪火野』のパンはシンプルがゆえに「何を組み合わせるとおいしいだろう」と考えることで、食という営みが手元に戻ってくる感覚があります。それは既にパッケージされて売っているものとは違った楽しさ。

「今は何でも手に入るし、調べられる。一方で考える時間が減っているのはもったいないと思うんです。生きることは考えることなので、パンを通じて“考える”という行為を取り戻せたら。だから良心的ではないかもしれないけど、パンの説明文も最小限にしています(笑)」。

 

いい循環の輪をみんなと一緒に

小麦だけの田舎パン「pain de ble(パン・ド・ブレ)」小麦だけの田舎パン「pain de ble(パン・ド・ブレ)」Photo by 大西文香

現在、『薪火野』のパンは定期便の他、お店やギャラリー、ウェブサイトなど限られた場で不定期に販売しており、最近はすぐ売り切れになることも。

10月26日からは料理家・細川亜衣さん監修のオンラインサイト「静心」でパンの販売がスタートするなど限られた場での販売にかかわらず、その活動はじわじわと広がっています。

「自分が作るパンのことは信じていたけど、思った以上に皆さんに受け入れてもらえてありがたいです。そのペースはゆっくりですが、僕がパンを作るより早くなっているから、ちょっと体制を整えなきゃと焦っています(笑)。なぜなら心に余裕があったほうがいいパンを作れる。手ごねだから全部伝わっちゃうんですよね」。

「ブリオッシュ」「ブリオッシュ」も薪火野の人気商品です。Photo by 大西文香

そして、描く未来はもっともっと先に。「根っこの部分は学生時代から変わらず、国産小麦を使い、手でこねて、薪窯でパンを焼くこと。それがいずれ僕1人ではなくムーブメントになることで、伝統や文化につながっていけばいいなと思います。いい循環の輪を少しずつ大きくして、僕たちが住む世界を希望のあるものにできれば」。

薪火野の作業所Photo by 大西文香

毎日食べるなら、おいしいほうがいい。毎日食べるなら、信念のあるものがいい。そんな方はぜひ一度薪火野のパンを味わってみてください。

 

 

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