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「自分の人生を握っているのは自分」猫沢エミさんがフランスから学んだこと

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「自分の人生を握っているのは自分」猫沢エミさんがフランスから学んだこと

2002年に渡仏し、パリと日本を行き来する生活を送っている猫沢エミさん。今年4月には、『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる』を出版。

猫たちとの暮らし、家族との関係、仕事や恋愛のこと…50歳を迎えた今の自分についての率直な語り口と、どんな時も健やかでいるための生活食レシピは、多くの女性から支持されています。そんな猫沢さんのパリでの暮らしぶりや、フランス人から学んだ、より良く生きていくための考え方について聞きました。

猫沢エミ

ミュージシャン・文筆家・映画解説者・生活料理人。

26歳の時に、バンド・スフィンクスでデビュー。30歳でヨーロッパ製バイクの輸入会社を起ち上げ、2002年にパリへ移住。2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー「BONZOUR JAPON」の編集長を務める。超実践型フランス語教室、にゃんフラも主宰。近著に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる』(TAC出版)のほか、8年ぶりの復刊となる『増補改定版『猫と生きる。』(扶桑社)が出版されたばかり。

Instagram:@necozawaemi

パリにいても日本と変わらない日常

猫沢エミ 

―今夏もパリに滞在されていたそうですね。パリでは、どこを拠点に滞在されているんですか?

猫沢:ここ数年は、パレ・ロワイヤル近くの友人が持っている部屋を借りています。以前はパリ市内を転々としていたこともあって、2カ月で11回引っ越したこともあります。バイクの後ろに荷物を括って移動していたので、フランス人から、“引っ越し亀”というあだ名をつけられましたね(笑)

―本に書かれている猫沢飯レシピ、どれも真似したくなるものばかりでした。パリではどんな料理をされるんですか?

猫沢:今夏の滞在では、シンプルなサラダを作ったり、旬のプラムを使ってみたり、その場その場で行き当たりばったり料理を楽しみました。短期賃貸物件なので、料理するとしても目玉焼きくらいのイメージで大家さんは考えていたと思うんですけど、このキッチンでどうやって作るの?みたいな料理を沢山作っています。「猫沢さん、あのキッチンで揚げ物作ってますよね…?」ってびっくりされていますね(笑)。

―その様子はInstagramにもアップされていましたね。パリ滞在中に必ずやることはありますか?

猫沢:日本にいる時とあまり変わらないですね。朝起きて音楽をかけて、ゆっくりカフェオレを飲む。でも、パリではよく散歩をします。街が美しいので、目的のない散歩をすること自体が気分転換になる。いつもと同じ地区でも横道に逸れたら新しい店を見つけたり、ふらっと入ったカフェで隣の席のマダムが良い話をしてくれたり。そういう日常の行為をしみじみ楽しめることが、パリの良いところですよね。みんな身構えてないから偶然の素敵な出会いがたくさんあって。事前に予定を立てていなくて良かった、と思うことも多いです。

―フランス人と比べて、日本人は日々をプログラムし過ぎていますよね。

猫沢:もちろん、仕事や子育て、やるべきことや守らないといけないことはフランス人も同じで必死です。おしゃれなお父さんが髪を振り乱して、保育園に送り届けるために子どもを抱えて走っている姿を見ると、生きるのってきれいなだけじゃないよねって思います。パリは、そんなところが包み隠さず見える安心感があって、人間臭さが前に出ているのが愛らしいなと思いますね。

―働き方も、フランスと日本では全然違いますか?

猫沢:フランス人は普段はのんびりしているけど、遊ぶための集中力がすごいんですよ(笑)。同じオフィスで働いている同僚に話しかけても「ソワレがあるから2時間で仕事を終えなきゃ!」ってなっていると、もう何も聞こえないくらい没頭していて。私が頼んだ仕事は10日もかかったのに(笑)。でも、「まあ、そうだよね。それってヒューマンだよね」とも思います。

猫沢エミ

―人間らしい働き方って、素敵ですね。

猫沢:とても印象的なことがあって。パリで靴屋さんを訪れた時のことなんですが、閉店30分前に来店したんです。私しか客がいなくて、女性の店員さんがそわそわしていて。試着していたら、「ちょっと頼みがある」と切り出されたんですね。「私、シングルマザーで保育園に子どもを預けているんだけど、早く店を閉めて迎えに行こうと思っていたの」と。個人店でもないお店でしたし、おそらく店主でもないのに、そんな権限あるんだ、と思ったんですが(笑)。

「今日どうしても買わないといけない理由がないなら明日にしてくれない?」と。それを聞いてもっともな理由だなと、人間らしくていいなと思ったんです。日本だったら何があっても19時まで開けますよね。でも、こういうことで思いやりを持って「あ、いいよ、そんなこと」って許し合えたら、もっと楽な社会になると思うんです。

―本当にそうですね。今日絶対やらないといけないことなんて、そんなにないはず。それでもフランス社会はうまく回っていますよね。

猫沢:もちろん、多少ルールは狂います(笑)。だけど、ルールを守ることで失っている人間らしい心の余裕というのが、フランスではいまだにちゃんと生きている。サクサクは進まないけど、それで何もできないかといったらそんなことはない。今の時代、いろんなことが便利になって楽になったかといえば、ますます忙しくなりましたよね。生きるスピードが速くなって、もっと息苦しくなった。私たちは、アナログな感覚や旧時代の良い部分を再発見することが必要な気がしています。

 

自分の人生を握っているのは自分

猫沢エミ

―ほかに、フランス人の価値観から気付きをもらったことはありますか?

猫沢:私は自分のことを自由度が高い人間だと思っていたんですが、話したり行動しようという時に、対面している人がまず何を考えて何を求めているのかということを無意識に考えちゃうんですよね。日本人のいいところでもあり、悪いところでもあると思うんですけど、自分の身の振り方について人を基準にしている。それが一切フランスで通用しなかったんですよね。

パリでは、“今この人にとって私は見えていない、興味がない、私はいないも同然”というシーンが沢山あって。だからこそ、まず私がどう動くか考えて決めることによって、なにもかもが動き始めるということを体感したんです。いくら相手の考えを気にしても、なにひとつ変わらないから(笑)。

自分から発信していいし、何かの価値観を自分で決めていいのだという開放感を得ましたね。そうすると、人の意見に対してだんだん揺るがなくなっていくんですよね。

―猫沢さんは、パリにいると心が楽になりますか?

猫沢:楽ですね。水を得た魚というか。他者の目を気にしないヘンテコな人が沢山いていいな、変な街だなって(笑)。ひとりひとりが違って当然というのを社会全体が認めている。もちろんフランスのすべてがいいわけではないですが、日本も個人主義の良いところや自分軸の生き方をもっと学んでもいいのかなとも思います。こういう不確定な時代になって、精神的に辛い人も増えている。辛い原因は、もともと日本の社会でひとりひとりがはっきりとした意見や指針を持ちづらかったのが原因なのではないかな、とも思うんです。

猫沢エミインテリアで目を引くシカの剥製はシカッペという名前。「耳が剝がれていて正規では売れず、私が買わないと破棄されるというので、弔いの気持ちで名前をつけて連れて帰ってきました」。

―自分軸を意識することで、心が楽になるということでしょうか?

猫沢:他者によって動かされることに解せないという気持ちが、みんな本能的にあると思うんです。こういう状況なんだから仕方がない、みんな我慢して当然みたいな考え方によって、だんだん自分の人生が他者や周囲の状況に握られていく。誰かの言うことを鵜吞みにしていると、良い時は良いけど、悪い時には誰かのせいになってしまう。自分の人生を握っているのは自分だと、あくまでも自分がコントロールできるスピードで、現状に合わせて変えていくことが大事だと思います。

―なるほど、自分軸がないと社会問題も他人事になりがちですよね。

猫沢:そうですね。フランスは個人主義だから社会問題に弱いかといったら逆なんですよね。パリの同時多発テロの時、翌日レピュブリック広場に2万人が集まりました。私の彼も行ったんですが、「誰かに誘われたの?」って聞いたら、「誰に誘われたわけでもない、俺が行くと決めたんだ」と。そうしてみんなが行った先に友達がいたりするわけで、これが本当の集団だと思ったんです。自分の意志を持った個が集まる集団ほど強いものはないし、実際に何かを動かす力になっていく。

集団は集団のためにあるのではなく、個人のために集団があるという発想を持たないといけないですよね。そう変わっていくために、みんながもっと主張していいんだと思います。もう我慢したくないとか、きついから寝たいとか(笑)。

猫沢エミ

―私たちは自分を大事にするテクニックをもっとフランスから学んだ方がいいのかもしれませんね。本では、「ハレ」と「ケ」という言葉で自身の日々の状態を表現されていて、とても腑に落ちました。

猫沢:誰もが、ダメだと思う日もイケるなと思う日もある。フランスだと、大きな食事会でも「ごめん、調子悪くて」って直前にキャンセルすることがよくあります(笑)。笑っちゃうくらい、みんな無理しないんです。

でも、日本人って無理してしまう。体調が悪いことを隠して頑張って、結果として寝込んだり、人に気を遣わせてしまったりする。自分の心と体を最優先して守ることは、良くないことを長引かせないことでもあります。我慢が美徳であるという社会的な風潮を見直す時が来ていますよね。

―コロナ禍で、多くの人がそういったことを考えてマインドシフトしていますよね。日常の楽しみ方を模索している人も多いと思いますが、猫沢さん流の日常の楽しみ方を教えてください。

猫沢:些細なことですが、ベランダが広めなので、風が吹いて気持ちいい朝はカフェオレを飲んだり、小さなスピーカーを出して音楽を聴きながら原稿のチェックをしたりしますね。あとは外に行けなくても、お弁当を作ってベランダで食べる。ひとりピクニックですね。ひとり野外フェスもやっています(笑)。週末や仕事終わりに、音楽を流してビールを飲みながら踊るんです。

猫沢エミ「パリを散歩しているとまだ使えそうな古道具が落ちていたりして、つい拾い癖がついちゃうんですよ。恥ずかしいんですけど、実は家にあるものも拾った、もしくはもらったものがほとんど(笑)。」と猫沢さん。

―楽しそうです(笑)。フランスには「アール・ド・ヴィーヴル」という言葉があるように、日常の美学を大事にしていると思いますが、感化されたことなどはありますか?

猫沢:「コロナ禍になって何かやっていることはありますか」ってよく聞かれるんですが、私は何も変わってないなって思うんです。以前から、ずっと“ひとりコロナ禍”みたいな感じで(笑)。前からやっていたことばかりなので、それは自然とフランスで得たものなのかもしれないですね。来年から完全にパリに拠点を移すのですが、フランスで気づいた新しい考え方やモノの見方をもっと発信していきたいと思ったのも理由です。

 

これからはじまる新しい暮らし

猫沢エミ

―パートナーの方とパリで新しい暮らしを始める予定だと、本にも書かれていましたね。素敵なパートナーシップに感銘を受けました。

猫沢:長い付き合いだった彼と結婚しようという話をしています。彼に子どもがいるので、いろいろ複雑な事情もありますが、この年になると、ビッグファミリーというか、最後は人類みな兄弟みたいな考えになるんです(笑)。

お互いがその時々にベストなチョイスをして生きればいいし、それによって彼との信頼関係が揺らぐこともない。フランスではよくある話で終わるんですが、私みたいに包み隠さず話してしまうのは日本だと珍しいのか、びっくりされることもありますね。

―本でも率直に綴っていらっしゃいますよね。でも、だからこそ、その猫沢さんの素直な生きざまに共感するというか、新しい価値観に気付かされたように思います。 

猫沢:不思議なんですけど、本を読んでくださった方がみんな「私も思っていた」っておっしゃるんです。私が新しい価値観を持っていると思われることもあるけど、そうではなくて、昔からみんなが思っていたことが表立って見えてくる時代になったのかもしれません。

今ライフシフトという言葉が叫ばれて、50歳を超えたあたりの人生観にクローズアップされることも多いですが、それは日本が今までそうではなかったから。若い頃に築き上げたものを死ぬまで守っていくことが幸せだ、という思想が根強かったと思うんです。でもリーマンショック以降、終身雇用も不確定な時代になり、今はコロナ禍がやってきて既成概念が通用しなくなった。そんな中で働く女性も増えて、女性の生き方の自由度が広がった。為すべきことを為した50歳くらいで、その先の人生をどう選択するかということを考えられるようになったと思うんです。

その考え方はずっとあったものだけど、声を大にして言いづらい社会だった。そんな社会がどんどん変わっていけばいいな、と思います。若い時にフランスに行ってなかったら、この考え方を持つことはできなかったかもしれませんね。

***

仕事も暮らしも人間関係も生き方も、これまでの価値観を変えざるを得なくなったコロナ渦。自分の気持ちや考えに素直になり「ときにはうまくいかなくてもいいじゃない」と、軽やかに生きる。猫沢さんのお話には、新しい価値観のヒントがたくさんありました。

もうすぐパリでの新しい生活がはじまる猫沢さん。これからも私たちに新しい考え方やモノの見方を教えてくれそうです。

 

 

 

 

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