戦後アメリカ軍の基地が置かれ、軍人たちがつかの間の休息を楽しんだという立川市曙町界隈。今もその名残でキャバレーや飲み屋が立ち並ぶ不思議な雰囲気が漂う歓楽街の一角に『シンボパン』はあります。
雑居ビルの1階、階段を数段下りるとかわいい扉が…。
ところで、シンボパンのエントランスにはなぜか自転車のモチーフがたくさんあります。なぜなんでしょうか?その答えは後ほど♪
“食べること”を通じて、いろんな情報を発信していきたい
店先の看板の後ろには、自転車のマークと「修理」の文字…!?
レトロな雰囲気漂う扉を開けると、「こんにちは!」とかわいらしい女性が声をかけてくれました。その方こそ、シンボパンの店主・シンボユカさんです。
お昼過ぎにも関わらず、お客さんが数人のんびりとランチを楽しんでいました。なんだか外の歓楽街と打って変わって、このお店の中は時間がゆっくりと流れています。
「1人でやっているので、お話の途中で席を外すかもしれないですけど、ごめんなさい!」と気遣ってくれるシンボさん。この人柄が、訪れる人々の気持ちをほっこりとさせてくれるんですね。
パン屋さんにも関わらず、『シンボパン』にはカフェのような雰囲気が漂っています。
「この場所は昭和12年に祖父が自転車屋を始めた場所なんです。父がその自転車屋を引き継ぎ、 そこで育ったので“お店”という空間は、自分にとって当たり前の場所でした。だから気づいたときには『いつか自分の店を開きたい』というより、『自分は何屋さんになろうかなぁ~?』と考えるようになって。父が常連さんに配っていたカレンダーに“あなたの街のふれあいの店”と書いてあったんです。それがすごくいい言葉だなって思って、その“ふれあう”ってヒトとヒト、ヒトとモノ、ヒトとコトでもいいじゃないですか。だから、『いつかいろんな人が自然と集まるお店をやろう!』と考えるようになっていました」とシンボさんは言います。
ちなみにシンボパンの地下1階ではシンボさんのお父様が今も競輪用自転車のメンテナンスをしているのだそう。今でも自転車の修理は承っているということで、エントランスや看板に散りばめられた自転車の謎が解けましたね!
お店では、イベントが開催されたり、作家さんが作った雑貨なども売られています。そこにはシンボさんの「この場所を中心にいろんな出会いが広がって欲しい」という思いがつまっています。シンボパンの内装デザインは立川を拠点にしているアーティストユニット・magmaによるもの。シンボさんが原宿のセレクトショップで「かわいい!」と思い、コンタクトを取ったらたまたま同じ立川で活動していたという縁があったんだとか!シンボさんにはヒトが引き寄せる不思議な力があるのかもしれない、そんな気持ちにさせてくれるお店です。
ところで、シンボさんは何がきっかけでパン屋さんを志したのでしょうか?
「もともと小さい頃から“食べること”への執着がすごくあったんです(笑)。私生活の計画性はまるでなかったのですが、授業中も部活動の練習中も、いつも次の食事に何を食べようか計画していました。『これがうまくいけば◯◯が食べられるから、がんばれ自分!』と食べ物を目標にすることで、自分のやる気を引き出したりして。とにかくずっと頭の中は食べることでいっぱいでした。そんな私なので、アルバイトは飲食業しか経験していません。
パン屋さんを志したのはたまたまです。学生の頃においしいチャイに出会って、自分でもチャイをおいしく淹れられるようになりたいと思い、19歳の頃チャイのあるカフェだと思ってアルバイトを始めたのが、たまたまパン屋さんだったんです。そのたまたまが、私とパンの仕事との出会いです。
そこから10年、パン屋一筋です。チェーン展開している大きなお店と、代々木上原の『カタネベーカリー』で修行をして、30歳で独立しました。これだけ同じことをストイックにやり続けているのは初めてです!」。
そんなシンボさん、実はPARIS magで以前ご紹介した富士見ヶ丘『ヨシダベーカリー』の吉田さんとは『カタネベーカリー』の元同僚という間柄。
料理も飲み物も丁寧に
シンボパンのパンは本当に種類が豊富。その理由をシンボさんはこう語ります。
「パンは日常食なので、朝に食パン食べて、昼にサンドウィッチ食べて、おやつに甘いパンを食べて、夜にお料理とバゲットを食べる…。いつでもおいしいものに出会って欲しいと考えたら、こういうラインナップになりました。とにかく毎日おいしいパンを食べて欲しいんです!お店の雰囲気から“奇抜なパン”を想像されることもあるんですけど、毎日食べたくなるシンプルで飽きのこないパンを作っていたいと思うんです」。
かわいらしいたたずまいに反して職人気質なシンボさん。新作パンはどのように生まれるのでしょうか?
「意識しているわけではなく、私の日常の中で生まれてきます。私は、小さい頃から旬のものを見たり、口にしたり、おいしいものを食べたりすると、やる気パワーが湧いてくるんです。だから外に出るときは、自然にそういうモノに出会うためのアンテナを張っているのかもしれませんね。
実際に厨房でパン作りに向き合っているときは、目の前の作っているものをおいしく作ることで頭の中がいっぱいです。その中で頭のほんの少しの隙間に、やりたいことが出てきてはぐるぐるし始めることがあります。ドキドキしてしまうほどに。それが始まったら、常に壁に貼ってある白い大きな紙に、頭の中に出てきたやりたいことや作りたいもののかけらを書き留めます。後で見返したら、内容は私にしかわからないので、怖い呪文のようなメモです(笑)。
また、仕事を終えて、夜、静かな1本道を歩いていると、ごちゃごちゃしていた自分の想いが固まってきます。作って食べて、立ち止まってを繰り返して作っていきます」。
その「シンプルでおいしいパン」のこだわりについて聞いてみました。
「パンに合わせて小麦粉を変えたり、配合を調節しています。自分が口にして安全でおいしいと思う食材を使うことです。お菓子もパンも発酵バターを使ったり、ドーナツはグレープシードオイルで揚げたり、お砂糖も数種類を使い分けたりしています。作りたいと思うものに合わせて食材は考えます。あとは、おいしいと思うものを使うのだから、1つ1つの個性と味の長所を最大限に生かすこと。そのことを追求したいです」。
そして、シンボパンといえばイートインメニューも魅力的!一番人気の「お昼のスペシャルセット(¥1200)」はmagmaお手製のキュートなプレートタイプ。この日はチキンの煮込み&クスクス、スープ、ピクルス、パンの盛り合わせ(しかもおかわり自由!)、焼き菓子のデザートでした。料理は『カタネベーカリー』での修業時代に味見をたくさんし、その腕を磨いていったのだとか。
ドリンクにもこだわっているそうで、お店で提供されるコーヒーは国分寺にある『ねじまき雲』で焙煎されたもの。「コーヒーは『ねじまき雲』さんのコーヒー豆を使っています。そのおいしさをちゃんとお客さんにお届けしたい!という強い思いがあって、一杯ずつハンドドリップで淹れてお出ししています」とシンボさんは語ります。また、おもしろそうなことはだいたいやる集団『m社』が手がける、長野の鈴木農園さんのりんごを使ったりんごジュースもいただけます。
パン屋さんながらヒトとカルチャーをつなぐ『シンボパン』はいろいろな世代の人たちがそれぞれの時間帯に、自分好みの使い方ができるちょっと不思議なパン屋さんでした。近所にこんなお店があったら、毎日通いたくなりますね♪
※記事の内容は取材当時のものです。 最新の情報は、お店のHP、SNSなどをご確認ください。
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