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    ヌーヴェル・ヴァーグの巨匠、ジャン=リュック・ゴダールの名作を振り返る

    2022年9月に逝去した映画監督ジャン・リュック・ゴダール氏。「新しい波」を意味する「ヌーヴェル・ヴァーグ」という映画製作のムーブメントを牽引しました。特にゴダールは「ジャンプカット」と呼ばれるシーンの連続性を無視したカットを繋ぎ合わせる技法や、観客に直接語りかけるような革新的な演出を施し、観るものをアッと驚かせてきました。

    ゴダール監督の逝去に際し、追悼の意を込めてPARISmag編集部のおすすめ作品をセレクトしました。「興味はあるけど何から見たらいいのかわからない」「フランス映画って難しそう」…などお悩みの方にも、見やすい作品たちなので、ぜひチェックしてみてくださいね!

    最低だけど最高。正反対な2人が魅力の『勝手にしやがれ』

    あらすじ

    警官を殺してパリまで逃れてきた自動車泥棒のミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)。決してまともとは言いがたい彼と、アメリカ人の留学生パトリシア(ジーン・セバーグ)は、つかず離れずの「割とモヤモヤする」関係性。なんとかしてパトリシアを振り向かせたいミシェルですが、後にパトリシアに素性が知られてしまい…。

    ゴダールが初めて長編監督に挑んだ『勝手にしやがれ』。本作は、『気狂いピエロ』と並ぶゴダールの代表作です。

    とびきり美しく映し出されたモノクロームのパリを舞台に、男女の奇妙な繋がりが描かれます。女性の隙をついてお金を盗んだり、パトリシアに対して執拗に欲望をさらけ出したりと、まるで手の施しようがないミシェル。けれども法だとか、正しさだとか、そんなものには目もくれない彼の姿は、時に魅力的な人間として映し出されていきます。奔放なミシェルに対してパトリシアは、新聞社での仕事にやりがいを感じており、男性からの自立を望んでいます。ですが、子どもっぽいミシェルをやっぱり放ってはおけません。

    そんな正反対の2人は、お互いを褒めては貶し、曖昧な関係を続けます。主張が違っていても、わかりあえないまま一緒にいるのです。いびつな会話を重ねる2人から感じるのは、居心地の良い“勝手さ”。カップルの一般的な理想形とは程遠い関係性なのに、見入ってしまう妙な魅力を持つ彼ら自身が見どころです。

     

    記憶のページを優しくめくる映像美『軽蔑』

    ※現在上映されておりません

    あらすじ 

    女優のカミーユ(ブリジット・バルドー)を妻に持つ脚本家のポール(ミシェル・ピッコリ)。彼は、映画プロデューサーのプロコシュから脚本の書き直しの依頼を受け、カミーユと共にプロコシュの自宅を訪れます。しかし、カミーユはあきらかに不機嫌な様子。その後も彼女の態度は変わらないまま、プロコシュの別荘があるカプリ島に向かい…。

    ゴダールと彼の当時の妻であるアンナ・カリーナとの関係が色濃く投影された『軽蔑』。女優と脚本家のもつれゆく夫婦関係を描いた本作は、ドラマチックさはない人並みの、だけれども忘れがたい愛の終焉の物語です。

    ひときわ印象的なのが、カプリ島でのシーン。理由も明かされぬまま、カミーユのポールに対する愛情は不意に途切れてしまいます。歯切れの悪い2人の会話からは、別れを悟った時のやるせなさを思い起こさせます。不機嫌なカミーユを眺めながら、私たちはかつての恋の記憶をどうにかしてやり過ごさないといけなくなる――。こういった調子で、『軽蔑』は心のどこかにこびりつく、観る者のセンチメンタルな感情を浮かび上がらせていきます。

    ゴダールならではの照明にフィルターをかけた色彩と、カミーユを演じるブリジット・バルドーの美しさ、鮮やかなカプリ島の情景が、そのせつなさをより際立たせます。一貫して憂鬱な空気感でありながらも『軽蔑』は、“優しい記憶”を届けてくれる作品でもあります。

     

    アンナ・カリーナ ゴダール作品のミューズ

    ゴダール作品に数多く出演するのみならず、彼と結婚生活を共にしたアンナ・カリーナ。デンマークのコペンハーゲン出身の彼女が、モデルを目指しパリにやってきたのは17歳のときでした。また、そんな彼女に「アンナ・カリーナ」と名付けたのは、ココ・シャネルだったそう。

    ゴダールの『小さな兵隊』で、長編映画の初主演を果たした彼女は、その後も多くの映画作品に出演し、60年代のミューズとしてのキャリアを築いていきます。ここでは、彼女が主演を務めた2作品をご紹介します。

     

    アンナの愛さずにはいられない魅力が爆発『女は女である』

    ©︎1961 STUDIOCANAL – Euro International Films S.p.A.

    あらすじ

    恋人のエミール(ジャン=クロード・ブリアリ)に、今すぐに子どもがほしいと懇願するアンジェラ(アンナ・カリーナ)。一方のエミールは、彼女の無茶なお願いにうろたえてしまいます。結局言い争いになってしまう2人のもとに現れたのは、エミールの親友のアルフレッド。何かにつけてアンジェラを口説いていた彼は、2人の口論の理由を知ると…。

    アンナと結婚したばかりのゴダールが、彼女の魅力をたっぷり綴じ込めた『女は女である』。作中のような揉め事が現実に起こっている場合、シリアスな雰囲気になるはず…。しかし、ふてくされた表情などの“愛さずにはいられない”キュートな魅力がいっぱいのアンナ演じるアンジェラの存在とさまざまな仕掛けで、なんともコミカルでロマンティックな映画に仕上がっています。

    その1つが、ミシェル・ルグランが担当する作中の楽曲。ミュージカルの名作『シェルブールの雨傘』で、作品を彩る名曲を残したルグランは、本作でも、とりわけアンナの魅力が弾けるような軽快な音楽で物語を彩っています。息をのむほどに美しいアンナとルグランの音楽の“愛すべき共犯”は、男女の痴話喧嘩でさえ、ユニークかつファッショナブルに演出してしまうのです。

    おまけに真っ赤なカーディガンを纏うアンナがかわいいこと…!カーディガンを後前にしてセーター風に着たりカラータイツを合わせたりと、センスの光る着こなしにときめくこと間違いなしですよ。

    ■DVD情報
    発売日:2020年1月25日(土)
    発売元:シネマクガフィン
    販売元:紀伊國屋書店
    価格:¥5,280
    ※記事公開時の情報となります。

     

    愛を求める女の悲劇『女と男のいる舗道』

    あらすじ

    女優を夢見て、夫と子どものもとを去り、パリにやってきたナナ(アンナ・カリーナ)。しかし、女優業はうまく軌道に乗らず、レコード店で働く日々を送っていました。生活のために娼婦として働くようになったナナは、ある男性と恋をします。ナナが抱えていたラウールという名のヒモは、その事実を知ると…。

    『女は女である』から打って変わって、ぐっと重たい空気が漂う『女と男のいる舗道』。物語が淡々と進み、静かに閉じていく本作は、夢が叶わない女性の姿を救いようのない現実で描きます。主人公のナナと彼女の人生に落ちる影が、深く濃く映し出されるモノクローム作品です。

    娼婦として身体を売ることに何の抵抗もなくなっていたナナ。そんなとき、彼女がたまたまカフェで知り合った哲学者と言葉について話し込むシーンがあります。「言葉と愛は同じだ」と彼は言います。男性を誘惑する訳ではなく、普遍的な愛について彼との対話を続けるナナ。その姿は、「言葉」という愛を受け取ろうとするようにも感じられます。

    本作は、ナナの人生を悲劇として描きます。しかし、懸命に「愛」へと手を伸ばそうとする彼女の姿を目にすると、簡単に「悲劇」として締めくくることができそうにありません。物語が終わった後、あの哲学者との対話が残してくれた余韻が、胸の奥に響く…そんな作品です。

     

    ***

     

    時に不毛に、時にコミカルに、また時として懇願するように。ゴダールが描く不完全で愛しい人間たちは、対話によって魅力が深まっていきます。ヌーヴェル・ヴァーグの斬新な手法を楽しみながら、現代でも十二分に共振するテーマや物語を味わえるゴダール作品。そしてゴダールとの協奏あって誕生したアンナ・カリーナの輝きは、今を生きる私たちにも新鮮な魅力を届けてくれるでしょう。

    illustration:コナガイ香

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