最近よく耳にする「ナチュラルワイン」や「自然派ワイン」。
気になるけれど、いったいどこから一歩を踏み出せばいいかわからない、という方も多いのではないでしょうか。今回はワインショップ『bulbul』の店主で、『自然派ワインをはじめよう』の著者・鈴木純子さんのもとを訪ね、一歩を踏み出すための道しるべを教えていただきました。
自然派ワインならではのおいしさはどこで生まれる?
ーこの頃、自然派ワインやナチュラルワイン、オーガニックワインなどさまざまな種類を見かけます。改めて、自然派ワインの特徴を教えてください。
鈴木:ワインができるまで大きく2つのフェーズがあります。まず原材料となるぶどうを畑で作るフェーズ、そして酵母の力でアルコール発酵をさせてワインを造るフェーズです。自然派ワイン(ナチュラルワインやヴァンナチュール)はぶどうを有機栽培するだけでなく、醸造においても添加物を使わず、その土地のものだけで造られることが前提です。オーガニックワインとはそこが大きく違う点ですね。
無農薬で果物を育てるのはとても大変なこと。ワインではテロワール(土地の個性)という考えが大切にされていますが、その土地を表すようなぶどうを作ることは、とても大変。膨大な畑仕事の積み重ねで作られるのです。そうして作られた自然派ワインは、手仕事のワインと言えます。そこには造り手それぞれのストーリーがあり、まるで、ぶどうを絵筆にして、その年その場所をスケッチしたように感じられる飲み物なんです。
食の歴史をたどると、1980年代にイタリアでスローフード、つまり、その土地の伝統的な食文化や食材を見直す運動が盛んになりました。ファーストフードや量産品からの揺り戻しは、ワインにも及びました。今は新しいものとして自然派ワインがフィーチャーされているかもしれませんが、実は昔ながらの、温故知新な飲みものなんですよ。
ーそうなんですね。ここ数年で人気が高まっているように感じます。
鈴木:小規模で作られる自然派ワインは、まるで陶芸家の器のように人のぬくもりを感じさせます。昔はワインも農産物のように地産池消されていました。地域の人たちで楽しんでいたものが、少しずつ外の地域へと広がっていき、味わいはもちろん造り手の思いやストーリー、そしてぬくもりが出会った人の心を動かして、ファンが増えてきているのだと思います。
運命の1本を目指して
やはりワインと言えば格式が高く、奥が深いイメージはつきもの。さらに自然派ワインは個性的で味わいもさまざま。何から手を出していいのか悩ましい…。ですが、「自然派ワインは知識よりも、自分のために楽しんでほしい。”なんとなく好き”をもっと大切にしていいんです」と鈴木さん。
さらに、「まず運命の1本を見つけることを目標にしてみてはどうでしょう?」とやわらかな声で語ってくれました。
自然派ワインもワインショップやリカーショップでボトル1本から購入可能です。最近は自然派ワイン専門店も増えています。実店舗だけでなく、オンラインでの販売や、レストランやバーを併設していることも。初心者ほど専門店はハードルが高い、と思われるかもしれませんが、最初の一歩だからこそその道に通じる「人」に頼るのが、実は一番の近道だそう。
自然派ワインを楽しむ、最初の一歩
ここからは運命の1本に出合うまでの、道案内をお届けします。
ーワインには専門用語があり、難しそうな印象があります。ワインショップでは何を伝えるといいですか?
鈴木:ワイン用語がわからなくても大丈夫。例えば、「友達3〜4人で休日のお昼下がりに集まる」「夕暮れに1人で」「何日かに分けて飲みたい」など、どんなふうに楽しみたいか伝えてみてください。ささやかなことでもヒントがあるとお店の方も提案しやすく、ご自身にぴったりの1本に出合いやすくなりますよ。はじめての方は、ぜひお店の方を頼ってくださいね。私を含め、ワインとの出合いをお手伝いができるのをうれしく思っています。
ー初心者がおうちでワインを楽しむなら、どんなシーンがおすすめですか?
鈴木:例えば夕暮れのアペロはいかですか?夕食前に一息ついて、リラックスする時間に自然派ワインはぴったり。ゆっくりできるタイミングなら心に余裕が生まれて、より味わいが感じ取りやすいはず。自然派ワインは、浸み込むような優しいワインも多いので、おすすめです。
ボトルを開けたからといって1本を飲み干さなくても大丈夫。グラスに1〜2杯だけいただいて、2日目、3日目と味の変化を追ってみると違った魅力を感じられますよ。その変化もまた自然派ワインの魅力です。
ー運命のワインに出合うためには、いろいろなワインショップを巡ったほうがよいのでしょうか。
鈴木:いろいろな場所で試すより、自分の趣味やライフスタイル、味の好みをお話できるメンターとなる人や店を1人見つけると良いですよ。自然派ワインは点ではなく、線でのお付き合いをするとより豊かに楽しめますよ。
ー点ではなく、線。
鈴木:ええ。産地、造り手、ぶどうの品種など、“好き”という自分の感覚を信じて線で追っていく楽しみかたは、自然派ワインがわかる近道になると思います。
例えば、味覚の感覚があう造り手に出会えたら、その造り手のつくる他のワインも好みの確率が高い。以前、私が訪問した造り手がこんなことを言っていました。「たくさんの種類を飲む人よりも、毎年同じワインを飲み続ける人の方がワインを理解しているかもね」と。
ー鈴木さんが実践する、自然派ワインとの”線でのお付き合い”について教えてください。
鈴木:好きな造り手や好きな1本に出合えたら、手に入るチャンスがあれば何本か買っておきます。すぐ開ける、半年後に開けるもの、次は1年後…と、時間をおいて、線での飲み方を楽しんでいます。定点観測とも言えますね。おうちだと1本飲みきったら次の1本を開けることが多いかと思いますが、同時期に複数の種類を開けて楽しむのもおすすめです。ワインによっては、初日はあまり好みではなかったけど、3日目が好きだった、なんて気づきが結構あるんですよ。
ーそうなんですね。いいなと思う1本に出合ったときは何か記録したほうがいいですか?
鈴木:エチケット(ワインのラベル)を撮っておくとよいですね。できれば購入したワインショップに次に行くときに「これがおいしかった」と見せると、好みを理解してもらうことにもつながりますので。それに店主さんはその一言がとっても嬉しいはず!よりよい関係性ができれば、運命の1本にグッと近づけますよ。
ーワインショップとも線でのお付き合いができるとよいんですね。自分の味覚に自信がない、という場合はどうしたらよいでしょう?
鈴木:なんとなく好きなだなぁ、くらいの感覚で大丈夫ですよ。知識やルールよりも、自分が好きか、おいしいか。自分の“ものさし”で楽しんでみてくださいね。
自然派ワインはエチケットも個性的!レコードのように、デザインに一目惚れして“ジャケ買い”だってOKです。何しろ、自然派ワインは“自由なワイン”とも呼ばれるくらいですから。
自然派ワインをもっと身近に、もっと仲良くなるには?
ーそんな鈴木さんのワインショップ『bulbul』について教えてください。
鈴木:『bulbul』は2021年3月にオープンした、オンラインショップです。毎年または隔月で自然派ワインとワインのお供をセレクトして、セットでお届けする定期便も提供しています。造り手訪問で感じてきた、ワインだけでなくワインのある豊かな食卓や、造り手の物語をお伝えできればと思い、オープンしました。
ーまさに線でのお付き合いですね。
鈴木:はい。毎回テーマを変えて、例えばアペロにあわせたおつまみセットもあれば、食後のチーズや焼き菓子のセットをお届けしたこともあります。想像以上に人気だったのが、アンティークのビストログラスとのワインセット。色々なシーンで多様な楽しみ方をご自宅にお届けしています。
ー鈴木さんのおすすめのワインショップやレストランを教えてください。
鈴木:ワインショップですと、小田急線・梅ヶ丘駅『なかます』や、銀座の『cave Fujiki(カーヴ・フジキ)』がおすすめです。世界各地、日本のワインもバランスよく取り揃えられていて、セラーで一緒に選んでいただけます。
レストランですと、グラスワインの種類が豊富で、料理はアラカルトで注文ができると初心者でも行きやすいですね。たとえば、池尻大橋の『calme』や、イタリアワインですと下北沢の『Fegato Forte(フェーガト・フォルテ)』がおすすめです。
ー著書『自然派ワインのはじめかた』について、教えてください。
鈴木:ライフワークとして造り手の訪問を重ね、以前からイベントを主催したり、雑誌に寄稿させてもらったりしたのですが、もっと伝えることができたらと考えていました。書籍にするにあたって、造り手だけでなく、料理家や著名な方々17名それぞれの多様な楽しみ方を伺いました。
お話を聞いて、自然派ワインにさまざまな個性があるように、お話を伺った方たちも自分らしく楽しんでいて。自分の好きを大切に、ワインを自由に楽しむことの大切さに改めて気づけました。ご自身の好きの“ものさし”が見つかるきっかけになればうれしいです。
ーありがとうございます。最後に、ずばり鈴木さんにとって自然派ワインとは?
鈴木:暮らしの一部、です。ワインを起点に価値観やものの見え方が変わりました。ワインがおいしいからそれに合わせてグラスを変えてみたり、ぶどうや土地、気候について調べてみたり…。食べ物ひとつとっても、どんな場所で誰がどんな風に育てたんだろう、と、ワイン同様に目を向けることが増えました。
自由に楽しめるのが自然派ワインの魅力。ぜひ、みなさんにもそんな自然派ワインの魅力を知っていただけるとうれしいです。
***
自然派ワインの自由さと、知らなかった魅力の一端にふれることができ、「運命の1本を見つける」という楽しみが見つかった今回のお話。もっと詳しく、おすすめの自然派ワインや造り手のストーリー、多様な楽しみ方について知りたいと感じたら、ぜひ『自然派ワインをはじめよう』を手に取ってみてくださいね。
いよいよこれからアペロが気持ちよい季節。自然派ワインをのんびり自由に楽しんでみてはいかがでしょうか。
- ■書籍情報
- 『自然派ワインをはじめよう 』(KADOKAWA)
- https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000994/
- 著:鈴木純子
- ■お店情報
- ワインショップ bulbul
- https://bulbul.co.jp/wine-shop/
鈴木純子
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクトなどライフスタイル全般で、造り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。
自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワインと手料理をふるまうワイン講座やポップアップワインバーイベントなどを行うことで自然派ワインの魅力を伝えている。
2021年3月に、オンラインワインショップ「bulbul」をオープン。
Instagram: @suzujun_ark @bulbul_du_vin
ライター 名和実咲
「おいしいは尊い」がモットー。スイーツ情報誌の創刊・企画を経て、お菓子のスタートアップ・BAKE Inc.のオウンドメディアの編集・執筆、SNSを担当。2020年からフリーランスとして活動をスタート。食にまつわる言葉と企画を通して、お店や企業の世界観をつくり、伝える。なにより静謐なカフェを愛している。
Twitter:@ miiko_nnn
Instagram:@ miiko_nnn
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