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「変わらないものへの思い」菊池亜希子さんが憧れているもの

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「変わらないものへの思い」菊池亜希子さんが憧れているもの

夏休みやお盆に、里帰りや田舎へ遊びに行くという方も多いのではないでしょうか。昔のことを思い出したり、今の自分を省みたり。故郷に帰ると、少しだけセンチメンタルになって「自分」について考えてしまうのは、きっと私だけではないはず。

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女優として、モデルとして、そして雑誌編集長として絶大な人気を誇る菊池亜希子さん。菊池さんはこの夏公開の映画『海のふた』で、都会を離れ、生まれ故郷でかき氷のお店を開き、新しい人生を踏み出そうとする主人公まりを演じます。映画『海のふた』はまさにこの季節にぴったりなお話です。

そんな菊池さんに故郷の話や普段の生活についての話、そしてこれからについて伺ってきました。

 

  • 菊池亜希子(きくち あきこ)
  • 1982年生まれ、岐阜県出身。独特の存在感で女優としても注目を集め、2010年映画『森崎書店の日々』(10/日向朝子監督)で初主演。その後、『わが母の記』(12/原田眞人監督)、『深夜食堂』(15/松岡錠司監督)、『グッド・ストライプス』(15/岨手由貴子監督)など映画への出演が続いている。
  • また、著書として『みちくさ』(小学館)、『菊池亜希子のおじゃまします 仕事探訪20人』(集英社)を刊行。12年から年2回で発売している書籍『菊池亜希子ムックマッシュ』(小学館)では編集長を務めている。

 

東京での生活と故郷での生活が半分になって見えたもの

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−今回の映画では、都会から故郷に帰り新しい生活をはじめるという役でしたが、菊池さんはご実家の岐阜に帰りたいなと思うことはあるのでしょうか?

菊池亜希子さん(以下、菊):それはありますね。私は高校生の時に仕事をはじめたので、割と早い段階で東京に出てきました。だから、どこかで「自分は東京で生きる」と強く心に決めなければならないところがあったような気がします。仕事をはじめた当時は、あまり頻繁に岐阜に帰ってしまうとやりきれないというか、がんばりきれなくなってしまうところもあって…。「東京にいる時の顔と、田舎にいる時の顔が違う」と、当時のマネージャーにも言われたんです。ショックではあったんですけど、確かにと思う部分もありましたね。田舎に戻るとどうしても子どもに戻ってしまうところがあって。居場所があるし、自分のことを肯定してくれる人しかいないようなところもあるし。

東京で仕事をはじめたのが16歳だったので、東京時代と岐阜時代が今人生の中でちょうど半分になったタイミングなんですよね。もともと岐阜はすごく好きなので、自分のやりたい仕事が東京でしかできないから東京にいるという感じです。

きっと田舎にいたらいたで、そこで戦わなくてはいけないことはいっぱいあると思うんです。だけど、東京にいたらそういうところはあまり見えないので、安らぎを求めて帰りたくなるのかもしれませんね。

でも最近は、岐阜から東京の自分の家に戻ってくると「帰ってきた」と感じるようにもなってきています。故郷では両親も元気だし、みんなでごはんを食べたり楽しいんですけど、私の中の帰るべき場所が徐々に東京になりつつあるんだなって自分でもびっくりしました。

−故郷に「帰る」というより、故郷に「行く」というような感じになりつつあるということでしょうか?

菊:「実家に帰る」とは言うんですが、実家から東京の家に帰るという感じが強くなってきたんですよね。でも、故郷にも東京にも帰る場所があるのは、幸せなことだと思っています。

−両方あるからバランスがとれるという感じでしょうか?

そうですね。この仕事は分かりやすいので、故郷に帰ってもみんな私の近況を知っていてくれて。それを知った上で受け入れ、全面的に応援してくれるのでありがたいです。多少無理して時間調整してでも会いたい友達もいて。帰って、2時間お茶できるだけでリセットされる存在は大事ですね。

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−今はもう帰っても顔つきが変わることはないんですか?

菊:どうでしょうね(笑)。でも、メールとかネットの普及によって変わったのはありますよね。昔はFAXで仕事をしていたのに、この10年ですごく変わりましたよね。今は、どこにいても連絡が取れるので。だから、もしかしたら昔よりは田舎と都会の距離は縮まっていているのかもしれませんね。

田舎にいてもできることはすごく増えているので、「必ずしも東京に住まなくてもいい」という選択をして東京を離れた知人も結構います。交通の便もよくなったし、ネット環境があればできる仕事も多いので。自分がその選択をするかどうかは、今はまだ決められないんですけど、よく考えます。最終的に自分はどこで生きていくんだろうなって。

−選択肢として東京以外の場所もあるという?

菊:実家に住んでいた頃は庭があって、田んぼがあって、柿畑があって…というようなところだったんです。東京ではマンションしか住んだことないので、東京と故郷の生活は本当に別物なんですよ。それぞれの良さもあって。

でも、もしいつか結婚して子どもが生まれたら、東京のマンションで生活しているのか、地面に足をつけて生活しているのかというのは考えます。

10代後半、20代は結構かたくなに、「マンションで一生を終えるなんてありえない!庭がないなんて!」みたいに思っていたりもしたんですけど、今はそれが薄れてきているかもしれないですね。

友だちと話していても「どういうところに住むか」という価値観が、変化しているなと感じます。東京に住むこだわりを失った人もいるし、家を持つことの意味を見失った人もいるし。価値観がどんどん多様化しているんだなとは感じています。私自身はまだ答えが出せずにいるんですけどね。

 

田舎の現実を見て思うこと

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−劇中でオサム(小林ユウキチ)がまりに言った「(田舎での思い出が)いい思い出ばかりじゃないか」というセリフがとても印象的でした。

地元に残る人と都会に出てきた人で、時間の流れ方や変化の感じ方が違うとは思うんですけど、菊池さん自身そういったことを感じたことはありますか?

菊:治とのシーンは、演じながらもグサグサ来るシーンが多くて…。田舎のことを語ると、自分の中にあるよかった景色しか出てこないというのはありますよね。自分の故郷の田舎にかかわらず、旅先で出会った地方都市とかでもいい部分しか見えていないというのはあると思います。

お金の話をするのはすごく苦手なんですけど、この映画の中でもその話題は避けては通れないものとして出てきます。お金がちゃんと回っているなと感じる街と停滞している街って、なんとなく見ている景色で分かると思うんです。どっちが正しいとかではなくて。
私はただの旅人なのでとやかく言う権利はないんですけど、でもまたこの街に来た時に、この小さなお店は残っていて欲しいなとか、大切にするべき景色はちゃんと残っていて欲しいなとか、そういうささやかな思いはいっぱいあります。地方や田舎に対する都会人の勝手な幻想というか余計なお世話なんでしょうけどね。

でも、うまくいっている街にしか旅人は行かないわけじゃないですか。まりの故郷の街も昔は観光地だったけど、今はわざわざそこを訪ねて行く人はほとんどいない。そういう場所ってすごくいっぱいあると思うんです。この映画自体はそういう地方都市に対して、もっと活性化しようっていうような強いメッセージを発しているわけではないけれど、現実としてそういう街はたくさんあるはずで。
いい感じの田舎に帰って、いい感じのお店をやるっていうと聞こえはいいんですけど、その田舎が本当にいい感じかどうかっていうのは、結構絶妙というか。自分の田舎をいい街だと思いたいけど、実際は中途半端だったりするわけで。そういう現実に、ちゃんと目を向けることが大切だと思います。

この映画の舞台がすごく景色のいい島だったり、沖縄の海だったりすると、映画として質が変わってくるんですね。でもこれは西伊豆の土肥っていう、どこか生活のにおいもする場所が舞台です。観光だけでない普通の日常もある風景の中でまりが生活をはじめるというところがとてもリアルだなと思いました。ひとごとじゃないなと。

−土肥では散策されたり、街の人たちと交流されたりしたんですか?

菊:土肥はそんなに広い街ではないので、まりのかき氷屋さん周辺とか、田んぼの畦道とかほとんどが徒歩圏内なんです。滞在していた旅館もそうだし。実家として使ったお家とか、そのあたりはだいたい覚えましたね。
撮影も街の方々が協力してくれて。5月だったので、海の撮影ではまだ水が冷たかったんです。そうすると街の人達が軽トラの荷台に風呂桶を積んでお湯を張ってスタンバイしてくれて、民宿まで行く間もお風呂で温まって行くことができるようにしてくれたり、助けられました。

 

なくてはならない喫茶店での時間

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−まりがかき氷屋さんを作る際、「ほんとうにいいと思うものしか出したくない」というセリフがありました。菊池さんにとってこれは譲れないというようなこだわりはありますか?

菊:私は雑誌も作っているので、そういうものが多すぎると思うんです。自分の中で好きだなと思うハードルが低いのか、すごい小さなことでギュッと抱き締めたくなる感情が溢れてきちゃうので(笑)。これだけというのは難しいんですけど…。

例えば、喫茶店で過ごす時間は絶対になくてはならないものですね。時間があったり休みの日だったりすると、1日2〜3回行ったりするくらい。古くていい雰囲気の喫茶店を見つけると「よくぞ残ってくださいました!」とうれしくなって、席についてニヤニヤしちゃいます。コーヒーがおいしいのもうれしいし、多少おいしくなくても喫茶店である時点でもうALL OKっていう(笑)。

−喫茶店は雰囲気が好きなんですか?

菊:そうですね。空間も好きです。それもさっきの地方都市への余計なお世話にちょっと似ているんですけど、「このお店どうやって生計立てているんだろう?」って勝手に考えたりもします(笑)。お客さん「私ひとりしかいないな〜」って思いながら、丁寧に接客してくれるおじちゃんを観察したり、気づいたらおばちゃんでいっぱいになって満席になったりもあって、お店の1日の流れを観察しているのも楽しいです。

編集作業とかでも編集部にこもってやるよりも、街に出た方がいろいろ浮かんでくるというのもあります。街を歩いて、行きたかった喫茶店とか気になったお店に入って、一息ついてニヤニヤしながらアイデアをまとめたりするのは、自分にとってすごく重要な時間です。街から喫茶店がなくなったら困りますね。

−いつも同じお店に行かれるんですか?

菊:この街に行ったら、ここの喫茶店に顔出すというのはいくつかあります。

私、「喫茶店を守ろうの会」を勝手にひとりでやっているんです。跡継ぎ問題とかもあるだろうし、このおじいちゃんがいなくなったらお店どうなっちゃうんだろうっていう喫茶店はいっぱいあるんですけど、心配しているほど喫茶店ってなくなってはなくて。

東京って歩けばいっぱい喫茶店があるんですよ。だから、気になっている喫茶店リストは常に持っていて、ちょっと空き時間があったらこの街に近いからちょっと行ってみようというのは日々の大切な楽しみですね。

たまたま仕事で行った街で見つけて、解散後にひとりで戻って入ってみたりもします。そこのマスターが気を使って「長居してもいいよ」とか言ってくれると、うれしい気持ちになって。

喫茶店のマスターって適度な距離を保ちつつ、お父さんみたいな感じで接してくれる人が結構多いんです。私の仕事を知っている人でも、「喫茶店にいる時間だけは、とにかくリラックスして。疲れているだろうから」って言ってくれたりして。まるで故郷に帰ったような感じで接してくれるので、ちょっと照れくさいんですけどね。お言葉に甘えて、端の席でずっと原稿書いていたりしています。

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−最近、お気に入りの喫茶店はありますか?

菊:目黒にある喫茶店がお気に入りです。喫茶店のタイプっていろいろあって、庶民的な雰囲気でおしゃれじゃないからこその良さもあるんですけど(笑)。その目黒の喫茶店は先代のマスターがパリにいたことがあるとかで、パリの風を持ち込んだような雰囲気があるんです。クロックムッシュを日本でかなり最初に出したお店なんだとも言っていました。

1輪だけきれいなお花が活けてあったり、壁に銅板の絵がかけてあったり、出窓があったりお店の作りもおしゃれで。

本当にヨーロッパの街角にあるような、かといってパリのおしゃれなカフェとも違う。いい感じにさびれた、ヨーロッパの田舎の街角にあるような雰囲気なんです。寡黙なマスターなんですけど、最近の話をちょっと話したあとはそっとしておいてくれて。

この間行った時は、夕方からまた仕事に戻らなきゃいけない日だったんです。私が「わあ、時間だ〜長居してすみません」と、バタバタと出ようとしたら「行ってらっしゃい!がんばってね〜」と送り出してくれました(笑)。本当にささいなことなんですけど、「よし、がんばる!」って胸がいっぱいになりましたね。

そういう気持ちを日々いろんな場所でもらっています。私自身がそういうお店のマスターになるのももちろん憧れではあるんですけど、今のところ私は、旅人というか訪ねていくお客さんの立場が心地良いです。そうやって行ったらいつもいてくれるお店のマスターの存在とかはすごく大切ですよね。喫茶店に限らず、古着屋の店員さんとかパン屋の奥さんとか。どこも好きだけど毎日、毎週行くというのは難しいじゃないですか。でも1年ぶりに行ってもちゃんと覚えていてくれて、いつも通りの会話ができるというのが幸せだったりしますよね。そういう日々の小さなしあわせが、少しずつ増えていくんだなと感じています。

ちょっとでも時間が空いたら、そのお店に寄って帰ろうと思うだけで楽しみが増えますよね。小さいお菓子を買ったり、お花を買ったり、自分のためにおみやげを買って、そういう気持ちを家にも持ち帰って、また楽しんだり。忙しいとそれがあまりできなくなるけど、そういう時間があるのとないのとでは、自分の心の持ちようが変わってくると思います。忙しいことはもちろんありがたいことですけど、やっぱりそういう「何もしていない大事な時間」は守りたいなといつも思っています。

 

変わらない勇気に憧れる

−PARISmagはパリのライフスタイルを紹介するWEBマガジンなんですが、菊池さんの今のお話はパリに通じる部分があると感じました。

菊:私はパリに行ったことないんですけど、漠然としたパリジェンヌのイメージがあって、その価値観に共感するものを感じています。普段、映画とかを観ていて「いいな」と思うのもパリの日常だったりします。格好つけていなくて、普通なんですよね。ファッションとかも流行がどうのとかではなく、みんな自分の個人的なツボをそれぞれ分かっているような。自分なりの楽しみ方を知っているから、他の人の視線を気にせずに自信を持って「私はこれが好き!」と言える。その姿勢に魅力を感じます。

東京でもかわいいなと思う女の子や素敵だなと思う女性は、マインド的にパリジェンヌっぽいところがあるような気がします。新しいものや変化していくものも大事かもしれないんですが、変わらない勇気というか「自分はこれが好きなんだ」って決めたらとことん大切にしたり、同じことを続けていくことに憧れます。
私は欲張りなのでいろいろしたいと思ってしまうんですが、いつ会っても変わらない人になりたいという気持ちはあります。

−それはさっきの喫茶店の話にも通じるような感じがしますね。

菊:そうですね。たぶん当事者からすると、そこまで意識はしていないんでしょうけど、与えられる安心感は計り知れない気がします。
基本的に変わっていくものだと思うんですよ。人間も街並みも。植物も育って、枯れていくものだし。変わらないものがないからこそ、本質的な部分が変わらないでいてくれる存在っていうのは、すごくうれしいというか安心します。どこかで儚さを感じているからなのかもしれないですが。

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変わらないものに憧れるという菊池さんですが、変わっていくものに対しても受け入れ、向き合おうとする姿勢がとても印象的でした。

めまぐるしい都会の生活や忙しい日々の中で変わっていくものに囲まれていると、ふと自分を見失ってしまうこともあると思います。けれど、菊池さんにとっての故郷や喫茶店のように「変わらずそこにある帰る場所」があるということで、自分らしさや自分のやりたいことに立ち返ることができるのかなと。

映画『海のふた』も「変わらないものがないからこそ、変わらないものに憧れる」という菊池さんの言葉を体現したかのようなお話。この夏、おすすめの映画です。

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【STORY】

ふるさと西伊豆の小さな町は、海も山も人も寂れてしまった。実家に帰ったまりは、ささやかな夢と故郷への想いを胸に、大好きなかき氷の店を始めることにした。糖蜜とみかん水、そしてエスプレッソ。自分がいいと思うものしかメニューにはしないつもり。そして、この町にやってきた大切な人を亡くしたばかりのはじめちゃんと一緒に… 。

  • 『海のふた』
  • 7月18日(土)より
  • 新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
  • 配給・宣伝:ファントム・フィルム
  • ©2015 よしもとばなな/『海のふた』制作委員会

 

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