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    「当たり前じゃ、おもろくない」西加奈子さんの小さな幸せの見つけ方

    9月に最新エッセイ集『まにまに』を上梓した西加奈子さん。飾らない文体で綴られる日々のこと、本や音楽への溢れる愛は、きっと私たちの日常の中にも小さな幸せはたくさん転がっているのだということを気付かせてくれるはず。何気ないけれど、だからこそ愛おしい。そんな小さな幸せを見つけるコツ、西さんが日々の中で大切にしているものについてお話を伺いました。

    • 西加奈子(にし かなこ)
    • 1977年、イラン・テヘラン生まれ。エジプト、大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。05年『さくら』が大ベストセラーに。07年『通天閣』で第24回織田作之助賞受賞、13年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で第152回直木賞を受賞。他に『きいろいゾウ』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』など著書多数。

     

     

    自分の気持ちひとつで、見える景色は変わっていく

    —今回のエッセイ集、まず「まにまに」というタイトルがとても印象的ですよね。ご自身もとても気に入ってらっしゃるとあとがきにありましたが。

    西加奈子さん(以下、西):タイトルは、声に出した時、最後に「ニッ」って口角が上がって、笑った状態になるのがいいなと思って。そう考えている時に「まにまに」っていう言葉がふっと浮かんできたんです。あとがきにも書いたように「間に間に」で合間にというニュアンスだったり、「隨に」は成り行きに任せる様という意味があったり、後から調べたらいろんな意味があったんです。サイン会に来てくれた方が「韓国語で『たくさんたくさん』って意味です」って教えてくださって、なんかそれもちょうどよかったなあって思いましたね。

    —最後に口角が上がるといったタイトルの付け方もそうですし、『まにまに』に収録されているお話もそうですけど、西さんは小さな幸せを見つけるのがとても上手なのだなと思います。こういったエッセイの題材はどのように見つけたのですか?

    西:書き始めた頃は、おもしろいことを「見つけよう」としていましたね。でも、だんだんそういうのもなくなって、肩の力が抜けてゆるくなっていきました。もともとそういうのを見つけるのが結構得意だったからかもしれません。

    例えば、キャンピングカーを買って仲間と旅するとか、きれいな海でダイビングとか、それはすごく素敵だけど、そんなの楽しいに決まってるじゃないですか。想像するまでもなく幸せだろうなって分かるから、「おもろくはないな」って。

    私が酔っ払って家に帰る途中、自販機の陰にちょうどいいくぼみがあったんですよ。そのくぼみは、私のお尻のサイズなのかっていうくらいちょうどよさそうなサイズ感で。それでいつかの夜中に、試しにそのくぼみに1回座ってみたら、スポッ!ってハマったんですよ。

    —(笑)。まるであつらえたように?

    西:そう! その時は、もう超うれしかった(笑)。キャンピングカーをひがんでいたわけじゃないけれど、「そんなの買わなくても、こんなに幸せって最強やん!」って思いましたね。

    環境は何も変わらなくて、むしろ悪くなってるくらいの状況でも、自分の気持ちの変化でいつもの景色がいつもよりきれいに見える時ってあるじゃないですか。それって最強ですよね。エコやし、お金かからんし(笑)。

    これは意識しているわけではないんですが、主人公の気持ちが変わることで物語の景色が変わるというのは、自分の小説でも多いんです。だから、普段から意識しているというよりも、もともと私自身、こういう、ふと景色の見え方が変わる瞬間を多く経験しているのかもしれませんね。しかもそういう時って、なぜかすごく勝った気になるんですよ。誰に対してってわけじゃないんですけど(笑)。

     

    「書く」と「描く」。無責任な愛がとる創作と生活のバランス

    —『まにまに』では、大好きな音楽と本についてもたっぷり語られていますね。特に、1つの章として音楽があるのは少し意外でもありました。西さんの生活の中での音楽の位置付けは?

    西:完全にプライベートですね。仕事の時に音楽は一切かけないです、リズムに合わせて句読点打っちゃうから。でも普段、料理する時とかに音楽をかけると最高ですよね。仕事とまったく関係ないからこそ無責任に愛せる。目に見えへんのにこんなに幸せをくれる音楽はすごいなあって思います。

    今回の音楽と本の章にはめっちゃ自信あって、紹介したものはどれも全力で愛してます。本の章はもともと雑誌の連載で、最初「期間は2年くらいで」ってことだったんです。でも毎回あまりに力を使い果たすから、これ続けるのは無理やなって思って1年くらいで終わらせてもらったくらい。自意識かもしれないけど、「この本とこの本、紹介の熱がなんかちゃうな」ってなるのが嫌だったんです。全部100%で紹介したかったから。

    音楽もそう。私にはライナーノーツにあるような専門的なことは解らないから、本当に自分の身近な音楽を紹介しよう、絶対に実感のあることだけ書こうって決めていました。

    『まにまに』は、表紙のイラストも描いているのは自分の身の回りにあるものばかりだし、どこにもウソがない1冊なんです。

    —西さんにとって小説を書くことと絵を描くこと。この2つの違いって何でしょうか?

    西:「同じ脳みそやけど違う部屋」ってよく言っています。隣の部屋というか。小説のいちばんの魅力でもあり、しんどい部分って、まどろっこしさなんですね。ひと言ではすまされへんというか。例えば、「おいしい」とだけ書いても、人が何か食べた時の「おいしい〜!!」って顔にはきっと負けちゃうでしょう。じゃあ、そのおいしさをいかに言葉で表現するかっていう、それが小説。でも絵なら、おいしそうなやつって描ける。おいしそうな色とかもあるし、表現の仕方が脳みそと直結しているのが絵なんですよね。アウトプットの形は一緒だけど、向かう姿勢が絵のほうがシンプルで、小説のほうがまどろっこしい。でも、どっちも必要だと思っています。あまり自由に描きすぎちゃうとまどろっこしさが欲しくなるし、まどろっこしさが続くとウーーッてなって、今度は絵を描きたくなる。だから、すごくいいバランスでやってますね。今のところはまだ絵のほうが無責任だけど、だからこそバランスもとれている。それは音楽への接し方にも重なりますね。

     

    ゆるやかに変わってゆくもの、これからも変わらないもの

    —『まにまに』は6年分のエッセイを1冊にまとめたものですが、32歳〜38歳といえば、女性の人生の中でもひときわ変化が激しい時期のような気がします。この6年間の中で変わったこと、また変わらないことは何でしょうか?

    西:変わってないのは「触りたい、実感したい」っていうことですね。よく人に対して、聞いた話や見た目の印象だけで「あの人、きっとこうなんだろうな」って決めちゃうことあるでしょう? なかなか難しいですが、私はその人と会うまで決めない。どんな悪評を聞いたとしても「自分が会ってから決めなあかん」って思っていて、それはずっと変わらないです。

    変わったのは、ゆるくなったなぁと。いい意味で影響を受けることを全然恐れなくなりました。自信がついたんだと思いますね。20代の頃は本を読むだけでも緊張する時があったんです。無意識のうちに文章が似てしまったらどうしよう…とか。そういう緊張感は人に会う時もありました。でも今はもう、自分というものがしなやかに出来てきたから緊張もなくなって。怖くなくなったのが何より楽だし、いちばん大きな変化ですね。

    —本の中ではたびたび「加齢」という言葉が出てきますね。女性にとって誰もが見てみぬふりのできない大きな問題ですよね…。

    西:(世間が)煽るしね?(笑)。もちろん私だって、昔の写真を見て「うわあ…老けたな!」ってショックを受けることはありますよ、やっぱり。でも年を重ねたことで、最近は男の人をセクシャルな目で見なくなってきて、それが今はうれしい。20代の頃「私、この人と何かあるのかも…?」とかいちいち思っていたのが、今はまったくないから。

    でもあれって、もしかしたら自身の願いではなかったかもしれないですよね。私たちって「男性に女性として評価されることこそが価値」っていう煽られ方をずっとされてきたわけじゃないですか? 私、昔は男の子にわざと雑に接したりもしていたんです。異性の目線じゃないってことをエクスキューズするために。でも今なら「もうあんたのことめっちゃ好きやわ」って堂々と言える。これはもちろん結婚したことも関係あるけど、でもそれだけが理由じゃない気がするんです。歳をとってジェンダーの境目も輪郭もどんどん淡くなってきて、ちゃんと人間になってきたというか。歳をとったことで、対人間の付き合いが出来るようになってきたと思うんです。

     

    適度な自意識が強さに、客観的な視点が救いになる

    —結婚のほかにも妊娠、出産と、女性って人生のターニングポイントと言われることが男性より多いですよね。

    西:「産むリミット」とか、ほんっと煽るよね!(笑)。これはしんどいなぁ、って思います。30代とか特にじゃない? もう中学生の子供がいる人もいれば、ウチみたいに子供おらんていう人もいて、すごく個人差があって。それに悩むのも楽しいけどね。楽しめたらいいけど、しんどいだけならいらんよね。アンチエイジングとかも。

    —悩んでいることを「楽しい」と感じられる人って、すごく少ないと思うんです。悩みすら楽しむコツってなんでしょう。

    西:楽しいっていうか、私は自分のことがすごく好きなんです。ナルシスティックな意味じゃなくて。だから自分が自分の応援団がというか、悩んでる自分に対して「おーがんばれ!」ってなる。自分をすごく客観的に見てるんです。大阪育ちやからかもしれないけど、自分で自分にツッコミを入れるところがあるんですよね。

    めっちゃ泣いてる時に鏡見たくなる時ないですか?(笑)。超悲しいはずやのに「ちょっと今どんな顔して泣いてんねやろ」って。あの冷静になる感じがおもろいんですよ。「なんて顔してんねん!」ってツッコミを入れて、その瞬間に救われる。こういう、ちょっとした自意識に助けられているところはありますね。自分を客観的に見るとすごく楽になる。自意識って邪魔な時もあるけど、味方になったらこんなに強いことはないですよね。だって、自分といちばん一緒にいるのは自分だから。

    —自意識に救われるとは…目からウロコの視点です!では最後に、今後書いていきたいお話などがすでにありましたら、ぜひ教えてください。

    西:11月に絵本が出ます(『きみはうみ』スイッチ・パブリッシング 11月20日発売)。宣伝ですみません(笑)。「キラキラした美しさだけが美しさじゃない」ってことを描いている絵本です。よく「恋をしようよ」とかいうでしょ。恋をするのはもちろん素敵だけど、してないことが悪いわけやない。それを絵本の中で描いたつもりです。

    これは自分への戒めでもあるんです。今は洋服も好きなように買えて、それはもう幸せで夢のようなんだけど、でも同時に「そりゃ、そうやろ!」って(笑)。「そんなん幸せに決まってるやん!」って、ツッコミたくなる。だからいつも試着室の中では変な顔しちゃう。当たり前の幸せじゃ、おもろないから。自分の中でバランスをとるために(笑)。

    “私はこれからも、ずっとこの体で生きてゆく。泣くだろうし、怒るだろうし、ふて腐れるだろうけど、それでも最後には口角をあげていたい。そのときどきの私として、口角をあげて、生きてゆきたい。まにまに”(『まにまに』あとがきより)

     

    西さんの6年が詰まった『まにまに』は、こんな一言で締めくくられていました。

    たくさんの小さな幸せが詰まった『まにまに』は、読んでいると思わず口角が上がってしまうエピソードばかり。そして、本や音楽、身の回りの世界を愛しているからこその西さんの眼差しは、自分にとっての大切なものや人に対しての思いも膨らませてくれるはず。

    当たり前の幸せを手にできなくても、そのときどき自分だけの「おもろい」で口角を上げて生きていく。そうやって変わる景色もあるのかもしれないな〜と、そんなことを気づかせてくれる1冊です。

     

     

     

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