レトロな雰囲気が漂う純喫茶。扉を開けると、そこには街の喧騒から離れゆったりとした時間の流れを感じることができる空間が広がっています。そんな純喫茶でこだわりのコーヒーとあまいものをいただく時間は至福のひとときです。
純喫茶をもっと味わいたいという思いから、書籍やSNSで純喫茶の魅力を発信している
東京喫茶店研究所2代目所長の難波里奈さんにお話を伺うことにしました。
難波さんもお気に入りという御茶ノ水の純喫茶『古瀬戸珈琲店』のレトロであたたかい空間の中でお話を聞いてきました。
難波里奈(なんば りな)さん
東京喫茶店研究所二代目所長。日中は会社員、仕事帰りや休日にひたすら純喫茶を訪ねる日々。「昭和」の影響を色濃く残したものたちに夢中になり、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を、日替わりの自分の部屋として楽しむようになる。ブログ『純喫茶コレクション』、著書『純喫茶コレクション』、『純喫茶へ、1000軒』、『純喫茶、あの味』『純喫茶とあまいもの』『クリームソーダ 純喫茶めぐり』『純喫茶の空間』。純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。
店主のこだわりが反映された純喫茶の空間
多いときで1日に13軒、一昨年は約450軒の純喫茶を訪れたという難波さんが、純喫茶好きになるきっかけは“古いもの”収集だったそう。
「もともと最先端のものよりも少し錆びれているようなものの方に惹かれることが多かった」という難波さん。ポップな花柄の魔法瓶やグラスなど、キッチュな雰囲気の雑貨を集めていたところ増えすぎてしまいお父様に怒られてしまったのだそう。
「今買わないと買えなくなってしまう…と思いつつも、集め続ける限界を感じていた頃に、『自分の部屋を変えるのではなくて、純喫茶へ行けば毎日違う部屋として楽しめるんだ!』と気づき、雑貨収集をやめて、足を運ぶようになったんです」。
そこからすっかり純喫茶に魅了された難波さん。純喫茶の魅力はなんといっても「同じ店がないこと」。店内の空間やインテリアには店主のこだわりが反映され、どのお店でも唯一無二の空間が広がっています。また、作られた当時のトレンドを感じられるような豪華な装飾や内装作りからも「その時代にしか作れなかったであろう美術品」としての価値を感じると言います。
「純喫茶の空間が大好きなので、お店に入ると見るところが多くて忙しいんです(笑)。まず看板を見て、その文字の書体を見て、ドアノブやドアの材質も見ます。天井の模様、ランプの数、飾ってあるもの、テーブルの傷、椅子の足の装飾、あとはスタッフの方の服装やカップのデザイン、シュガーポットやミルク入れはどんな形のものを使っているかなど…。入店してから20分くらいはずっとそわそわしていますね(笑)。新しいお店はもちろん、座る席によって見える世界が違うので、何度も通っているお店でも訪れるたびに楽しみがあるんです」。
空間を観察したあとはどうやって純喫茶を楽しんでいるのかと伺ったところ、「それが…だいたいぼーっとしています」と意外な答え。本などを持っていくこともあるそうですが、コーヒーを飲んで、軽食やあまいものを食べて、のんびり過ごすことが多いそう。この何もしなくても居心地のよい空間もまた純喫茶の魅力なのかもしれませんね。
わざわざ目指して食べたい純喫茶のあまいもの
書籍やSNSで純喫茶の魅力を発信している難波さん。7月に発売された書籍では、純喫茶のあまいものに注目しています。
「実はすごくあまいものが好きというわけではないんです。でも、『食べたい!』と思ったときには純喫茶に行くので、今回の本では“わざわざ目指して食べたいあまいもの“を紹介しています。『あまいものだったら何でも!』ではなく、『あまいものを食べるなら、ココでコレを』みたいな本にしたいと思いました。お店のエピソードやお客さんの様子など、私が普段通う中で知った会話やエピソードを入れ込んでいます。この空間の中で、作っているのはこういう人たちで、これを食べに来るお客さんはこんな人たちですよという、お店の全体の空気感を紹介した1冊です」。
本の中には個性豊かなあまいものとお店にまつわるエピソードがたくさん紹介されています。メニューを見て注文したら全然違うパフェが出てきたりすることもあるのだそう。
「メニューの写真ではいちごがのっているのに、ミカンだったり…とかよくあります。『今はこの形で出しているんだよ』と言われて(笑)。個人経営の純喫茶だからこそ『あ、そういうものなんだ』と納得してしまうような自由さがありますよね。作る人によってメニューが進化したり、見た目やボリュームも違ったり、そういう気楽さがとても魅力的。なので同じ店でも毎日来られて、昨日と違う楽しみもあって。そんなドキドキ感みたいなのもあるんだと思います」。
今回は『古瀬戸珈琲店』の看板メニューである自家製のシュークリームをオーダー。かわいい動物のお皿で運ばれて来ました。このお皿は『古瀬戸珈琲店』の特注のもの。リスやゾウ、犬、猫、カンガルーなど、「今日は何のお皿かな?」という楽しみもあります。ちなみに難波さんはリスのお皿がお気に入りなのだそう。
外はパリっと、中はもっちりとした食感の皮が絶妙なシュー生地には発酵バターが入っています。上のシューにクリームをたっぷりのせて食べるのが難波さん流の食べ方。クリームには、マスカルポーネチーズとラム酒が入っているということで、大人テイストな爽やかな甘さがくせになります。
コーヒーとも相性抜群です。「コーヒーも好き」という難波さん。初めて訪れたお店では“店名がついているブレンド”を選ぶことが多いとのこと。
「店名がついているということは、一番こだわりが詰まっているということだと思うので、絶対に頼みますね。それがおいしいと、あとはあまり考えずに同じものばかり頼んでしまうので、『古瀬戸』でも『古瀬戸ブレンド』を頼むことが多かったんです。でも、スタッフの浦崎さんに『駿河台下ブレンド』をおすすめしてもらって、それからはこちらをオーダーすることが増えました」。
カウンターの壁にはずらりとならんだコーヒーカップ
ちなみに『古瀬戸珈琲店』では、カウンターに座るとたくさんあるカップから選ばせてもらうことができます。
「自分では買えないような高価なカップが多いので、家に置けないようなものを少しのあいだお店で楽しませてもらえるとても素敵な時間。そういう贅沢な気分を味わえる場所というのもいいですよね。そこにおいしいコーヒーとあまいものがあったら最高だなって思います」。
全国にある何十年も愛され続ける純喫茶
日本全国たくさんの純喫茶を巡っている難波さん。初めての街では友人からの情報をもとに訪れることもあるが、都内だとあえて事前に調べないで降りたことがない駅の周辺をひたすら散歩して見つけた店に入ったりすることも。
「浅草や神保町、早稲田など大学があるところや下町など再開発があまりされていないエリアにはまだたくさんありますね。地方に行くと商店街があるところ、市場があるところ、学校があるところの周りには大体純喫茶があります。
知っている街では同じ道を通りがちなので、まだ訪れたことがないお店に出会えるかもしれないと思って別のルートを歩いてみることも。純喫茶そのものが好きなので見つけたらどんなお店でも入ります。
10年くらい前だともっと店舗数があったと思うんですが、最近は本当に減ってしまって…。路地にあったお店がどんどんなくなってしまっているんです」。
難波さんが危惧するように純喫茶は年々減っているのだそう。店主の高齢化や規制の変更、再開発で閉店するお店も増えています。「営業して下さっているうちに行かなくちゃ」と思い、せっせと足を運ぶようにしているのだとか。
「何のお仕事でも始めることは比較的できると思うんですけど、毎日、同じ時間に来て、同じようにお店を開けて…と、ずっと続けることってとても大変だと思うんです。しかも、それで生活していくなんて。
この本には40年、50年と続けられているお店がたくさんありますが、そんなにも長い間、お客さんに求められていたり、愛されているお店でいるって本当にすごいことですよね。行く度に『続けてくれてありがとうございます』と感謝しています。そういうお店が全国にあるということを知ってもらえたなら…。この本にのっているお店だけじゃなくて、たぶんみなさんの家のまわりにもきっと素敵な純喫茶はあると思います。かわいいものが好き、あまいものが好き、素敵なカップが気になる、おいしいコーヒーが飲みたい…ときっかけはなんでもいいと思うので、気軽に純喫茶へ行っていただき楽しみを見つけてもらえるとうれしいですね」
みなさんも、ぜひお近くの純喫茶の扉をあけてみませんか?優しく受け入れて、そのお店にしかない特別なときめきやドラマと出会えるはず。
ちょっと疲れたとき、ぼーっとしたい気分のとき、あまいものを食べたいとき、おいしいコーヒーを飲みたいとき、お友達とゆっくりとおしゃべりをしたいとき。おいしいコーヒーとあまいものと特別な空間でのんびりと贅沢なひとときを過ごしてみてくださいね。
- ■書籍情報
- 純喫茶とあまいもの
- 著者:難波里奈
- 発売元:誠文堂新光社
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