暖かくなったと思いきや、夜には冷え込んで。春に向かうこの時期は、3日と天気が安定せずに移ろいゆくタイミングでもあります。都会にいて、空調の効いた部屋に1日いると朝晩の気温くらいでしか四季の変化を感じていない自分にちょっと不安になったり…。
そんな毎日の中で、「もしかしたら都会で働き都会で暮らすことだけが、全てではないのかもしれない」という漠然とした思いが浮かんできました。でも急に移住なんて考えられないし…ということで、実際に移住した方のお話を伺うことに。
東京都心から約1時間半の逗子駅からバスでのんびり10分ほど。相模湾と三浦半島の山々を望む葉山。ここに、1年前から住んでいるという「sunshine to you !」の木原佐知子さんを訪ねてきました。
“身近な自然で遊ぶのは楽しいよ”をコンセプトに活動
木原さんは2007年から地元である埼玉県川口で「sunshine to you!」として“身近な自然で遊ぶのは楽しいよ”というコンセプトのもと活動を開始。現在はプロダクトやグラフィックのデザイン、ワークショップ、イベント企画に至るまで多岐に渡り活動されています。いくつかの巡り合わせや出会いをきっかけに2014年、大好きな海と山に囲まれた葉山の地に移住することに。
葉山への移住の経緯や暮らしのこと、移住後の働き方などについてお話を伺ってきました。
季節によって海の姿は全然違う
木原さんのアトリエにお邪魔して、真っ先に案内されたのは2階のお部屋の窓際でした。
この日はあいにくの曇り空でしたが、そこは葉山の海を見渡せる木原さんお気に入りの場所なんだとか。
木原さん(以下、木):海を眺めていると、本当に季節の変化を感じ取ることができるんです。12月、1月頃まではすっきり晴れ渡っている日が多くて、天気がいいと江ノ島や伊豆大島まで見渡せます。最近は春も近づいて空気が湿気を帯びてきたせいか、こんな風に霞んでいることも多いのですが、毎日違う姿で目に写るので見ていて全然飽きないんです。
人生で一度は、海の見える場所に暮らしてみたかった
―木原さんが、葉山に移り住もう!と思ったきっかけはどんなことだったのですか?
木:ちょうど震災の時に展示会をやっていて、そこで知り合った人が震災をきっかけに都会を離れることを決めたんです。その彼が住み始めた先が葉山でした。それとはまた別のつながりで、音楽をしている友人と話していたら彼女も葉山に住んでいるということで。そんな風に友人の輪も広がっていき、葉山へはよく遊びに来るようになり自然と身近に感じられるようになりました。
ずっと田舎に住みたいという気持ちはあったんです。海が大好きだったこともあって、人生で一度は海の見える場所で暮らしてみたい!と以前から思っていたことも大きいですね。
―木原さんは埼玉県出身と伺いましたが、どうしてそれほど海が好きなのですか?
木:父親が愛媛の出身で、小さい頃はよく父と愛媛の海に行っていたんです。大学生になり免許をとってからは車で海に遊びに行けるのがすごく楽しみで。海に入って浮いている時の感覚が空を飛んでいるみたいで、とても好きなんです。夏になると取りつかれたように泳ぎにいきたくなってしまいます。
―葉山への移住はすんなりと決まったのですか?
木:友人がいるとはいえ、実際に移住を決意するまでにはそれなりに時間がかかりました。いよいよ越して来ようとなり家探しを始めた時に、この部屋を紹介されたんです。
本当はもう少し駅から近いところで考えていたんですが、家の前の急な坂道を登ってきて振り返った時に見渡せる海が、すっかり気に入ってしまいました。大家さんもとてもよくしてくださる方で、少し不便ではありますがこの場所に決めました!
―家の前の坂かなり急ですよね? 普段の買い物は車で行かれるんですか?
木:車持ってないんです(笑)。自転車はこの坂だと帰り大変なので…。車がない分、近所で楽しんでいますね。裏山で山菜採ったり、歩いて海に行ったりと。
あと、大家さんがよく畑でとれた野菜や果物をおすそ分けしてくれるんです。そんな風にもらった食材や自分で育てた野菜を使って、食事を作ったり。以前は自分で料理を作ること自体あまりしなかったので、友人たちにも「変わったね~」と驚かれます。不便なとこもありますが、1年暮らせたので大丈夫なのかも。
たっぷりある移動時間はいろいろ考えられる自由時間
―市街地で生活されていた時と、葉山で暮らし始めてから変わったことはありますか?
木:電車の移動時間が長くなりましたね。1時間半くらい。でもストレスは全然ないんです。川口に住んでいた時はとにかく満員電車でした。葉山では乗っている時間は長いですが、その分ぽかんと空いた時間ができます。そういう強制的な自由時間がいいなぁと。
時間がたっぷりあるので、次の製作や展示のことなどを考えたり、SNSを使って告知やメールの返信をしたり。寝る時間も確保できます。
東京から乗ってくると横浜あたりまでは都会の時間なのですが、京急線に乗り継ぐあたりからゆったりしてくるんです。あとは気候も違います。葉山に返ってくるとあたたかくて「気温が違うんだ!」と驚くことも。バス停を降り家の前の坂道を上がってくる時に見える星がとってもきれいなので「帰ってきてよかった~」ってホッとします。
— 東京には結構行かれるんですか?
木:結構行きますね。平均して週に1度くらい。東京や埼玉の友だちともちょくちょく会っているし、仕事で東京に行くことも面倒だな~っていうよりも楽しみだったりします。どうしても行けない時はスカイプを使うことも。なので、距離的な不便さはあまりないですね。
あと、このあたりの人たちはすれ違った時に、知らない人でも挨拶するんです。
―確かにそれは都会ではないことですね。
木:そうですね。この土地の気持ち良さを共有しているような感じがします。みんなでひとつの山や海を共有しているというか。
本当の理想は「遊んでくらす」こと
―生活リズムなどには変化はありましたか?例えば1日の時間の流れ方など。
木:朝起きたらまず掃除をします。それから庭いじりをしたり、花を摘みに行って大家さんとお話ししたりして。夏はすぐに泳ぎに行きたくなってしまうので、なかなか仕事にたどり着かなくて(笑)。
―どんな風にして、今のような働き方をされるようになったのですか?
木:活動していく中での出会いを通じて、自然とこういった働き方になっていきました。ほんとうの理想は「遊んで暮らしたい!」ですね。でも仕事はしなくちゃいけないから。そうなると、どうしたら仕事を遊びに変えていくことができるかなって。
―まさに逆転の発想ですね。“仕事”がまずあって、その次に“暮らし”というのが一般的のように感じますが、木原さんの場合はじめに理想とする“暮らし”があって、それを実現するために今のような働き方につながっているのかもしれませんね。
木:確かに。一番はじめに制作したプロダクトはピクニックラグでした。身近な暮らしの中に、遊べる空間を作りたくて。そこからピクニックに関するアイテムを増やしていき、その流れでイベントをやるようになりました。
―葉山に来てから、もの作りにおいて何か変わったことはありますか?
木:変わったというよりも、もともと掲げてきたコンセプトに近くなってきたような気がします。今までは実生活には反映されていなかった部分がありましたが、移住したことで私自身が日々”身近な自然”を全身で楽しんでいますからね。そういった意味では以前よりもコンセプトに自信を持てるようになりました。
―ずばり木原さんにとって葉山の一番の魅力はなんですか?
木:葉山には海も山も両方ありますが、私が挙げるとすればやっぱり海ですかね。
完璧なものはできないけど、ちょっとずつやっていこうかなぁ
そうしてその後、見晴らしの良い周辺の山を案内していただき、歩いて海に出て、葉山の取材を終えました。
海や空の変化、山菜や花や木々の季節の移ろい、真っ暗で静かな夜や鳥のさえずり…。都会に住んでいるとすっかり見落としているような自然の変化が、木原さんの日常の中にはありました。”暮らすこと”を中心に考えた時、このように自然を身近に感じる生活は、少しの不便と引き換えにもっと大きなものをくれるのかもしれませんね。
「完璧なものはできないけど、ちょっとずつやっていく」
この言葉は制作活動のお話をされていた時の言葉ですが、それは“暮らし”にも当てはまるのような気がします。都会の“完璧”な便利さはないけれど、木原さんのようにその場所にある自然を楽しみながら“完璧ではないもの”と折り合いをつけて生きていくのは、心地が良いのだろうなぁと感じ取れる貴重なお話でした。
そんな葉山の自然を感じながら制作している木原さんの展覧会が3月21日より大阪で開催されます。木原さんの世界を知ることができる展覧会です。
- ■展覧会情報
木原佐知子の世界
会期:2015年3月21(土)~3月29日(日) ※水曜休み
時間:12:00 ~18:00
場所:EDANE
大阪市住之江区浜口西1-2-8 住吉グリーンハイツB-2(地図)
06-6569-9460
- ■参照
sunshine to you!