2011年3月11日に起きた東日本大震災。今年で13年が経ちました。
福島県大熊町は県東部の浜通りに位置し、原子力発電所の所在地でもあります。震災による原発事故の影響で、多くの住民が避難を余儀なくされました。
2022年には「帰還困難区域」のうち、「特定復興再生拠点区域」の避難指示が解除され、約11年ぶりに町の中心部へ住人が戻ってきたことで、大熊町の復興への歩みはさらに進んでいきます。
そんな福島県大熊町で農業をしているフランス人がいると聞き、私たちは足を運びました。
ブケ・エミリー
フランス・ブルターニュ地方出身。2011年に日本へ移住。東京や横浜で語学講師として活動。その後は、福島県に魅了され、会津に移住。2023年2月からは、福島県大熊町に移住し、イラストレーターとして活動しながら、農業を営む。
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東日本大震災の翌月に日本へ移住。アクセサリー販売から語学講師に
―まずは、エミリーさんが初めて日本に訪れることになったきっかけを教えてください。
エミリー:初めて日本に訪れたのは、2008年。当時、SNSで日本人と知り合って、「日本に行ってみたい」と思ったのがきっかけで。
その友人と一緒に、東京・京都・北海道を観光して、「ああ、また行きたいな」と思い、毎年日本を訪れるようになったんです。
そのうち今度は、「日本に住んでみたいな」と思って、2011年4月に横浜に引っ越しました。東日本大震災の翌月でしたが、もともと決まっていたので、予定通り引っ越してきました。
―日本に移住してからは、なにをされていたんですか?
エミリー:フランスに住んでいるときから、自分でアクセサリーを作り、マルシェやネットで販売していました。日本に移住してからも続けていたんですけど、送料が上がってしまい、フランスのお客さまと距離を感じるようになってしまって…。
そんなときに、フランス語を教えるチャンスがあったので、東京や横浜で語学講師をしていました。
―語学講師は、どのくらいの期間行っていたのですか?
エミリー:実は、当時の生徒さんに今でもオンラインで教えています。
初めて訪れた福島県の会津に懐かしさを感じて、移住を決意
―初めて福島県に訪れたきっかけは、なんだったのでしょうか?
エミリー:語学講師をしているときに、福島県出身の生徒さんが福島のおすすめスポットを教えてくれて。それで福島の会津に行ってみたんです。
会津は、自然や街並みがとても美しくて。いつの間にか毎年足を運ぶようになっていました。
―自然や街並みが美しい場所はほかにもたくさんありますが、特に会津に魅力を感じた理由はなんですか?
エミリー:南会津に「塔のへつり駅」という、森に囲まれた駅があるんです。そこに訪れたときに、とても懐かしい感じがしました。「塔のへつり駅」だけじゃなくて、五色沼や高速道路から見下ろす景色も、どこか懐かしくて。
もしかしたら、似たような景色がフランスにあったのかもしれない。でも、今まで見たことのない景色にも懐かしさを感じたんですよね。
―そんな会津に魅了されて、2021年2月に移住されたそうですね。会津では、なにをされていたんですか?
エミリー:イラストの仕事をしていました。会津に移住する前から、自分のウェブサイトで福島県を紹介するページを作っていたんですけど、言葉だけではつまらないと思ったんです。そこで、「赤べこ」や「鶴ヶ城」のイラストを描いて掲載しました。
すると、それを見た生徒さんたちから「かわいい!」と言ってもらえて、ハガキやメッセージカードなどのグッズを作り始めました。
会津に移住してからは、コラボの声がかかるようになり、仕事になっていきましたね。
双葉町にある「前田の大スギ」を見たことが、大きなきっかけに。福島県大熊町で農業を始めるまでの道のり
―農業を始めようと思ったきっかけを教えてください。
エミリー:福島県の地図イラストを描くために双葉町をリサーチしていると、「FUTABA DARUMA(双葉ダルマ)」と「前田の大スギ」というのを知ったんです。実際に見てみたいなと思い、双葉町に行きました。
そこで「前田の大スギ(※)」を見た瞬間、「なにか私にできることがもっとあるんじゃないかな」と直感的に思ったんです。
それから沸々と「ここで農業を始めたい」という強い思いが湧いてきて、会津に戻ってから農業プランを立て始めました。
(※):前田の稲荷神社境内にある巨大なスギ。福島県の指定文化財(天然記念物)で、推定樹齢は1300年以上とされている。樹高は約21メートルで、根回りは13.3メートル。幹周りは7.7メートルにも及ぶ。
―会津に懐かしさを感じたときと同じように、双葉町にも特別なものを感じたんですね。
エミリー:言葉にするのは難しいけど、昔からの夢とリンクしたんじゃないかな。
実は、ずっと農業に興味があったんです。農業高校に入学したかったけど、周りから「難しいし、大変だよ」と言われて。結局、普通の高校に進学したんですけど、ずっと夢でした。
―なるほど。そこから農業を始めるために、どう動いたんですか?
エミリー:双葉町は、2022年時点でまだ避難区域に指定されていたので、そのときは移住できなかったんです。なので、いわき市にある双葉町役場に会津から片道2時間ほどかけて通って、農業プランをプレゼンしていましたね。ただ、なかなか進めるのが難しくて、いわき市内に移住しました。
―片道2時間!福島県は、全国3番目の広さを持ちますもんね。
エミリー:高速道路を使っても、時間がかかりますね。
移住してからは、いわき市にある農園『ワンダーファーム』の社長さんと知り合って。彼は大熊町出身だったので、地元の人たちを紹介してくれました。
初めて大熊町へ行ったときに、山の景色がとても気に入ったんです。
それから、大熊町の人たちが一緒に農地を探してくれて、もう一度農業プランを練り直し、大熊町役場にプレゼンをしました。
そのプランが通り、役場の方が「あそこの畑はどうですか?」と勧めてくれたんです。その場所に決めて、大熊町に移住し、2023年3月から農業を始めました。
大熊町で農業をすることは「とても意味のあること」
―この農園は、どのくらいの広さがあるんですか?
エミリー:1.7ヘクタールあります。震災以降、誰も管理をしていなかった土地なので、整備しながらラズベリーなどのベリー類を中心に、野菜や果樹を育てています。
―イラストレーターと農業を両立されていますが、どのようなスケジュールで1日を過ごされていますか?
エミリー:毎日午前中には農園に行き、お昼から夕方までは自宅でイラストの仕事をしています。そのあと、夕方にまた農園に戻ります。
今の時期は、藤棚を作ったり、新しい苗を探して植えたりしています。植えたい苗は基本的にフルーツが中心なんですけど、できるだけ花がきれいに咲くものを選んでいます。
―そもそも農業はどうやって学んだんですか?
エミリー:ウェブサイトやブログ、SNSを見て、独学で学んできました。失敗しても勉強にもなるし、どうすればいいかを考えて、とにかく調べて挑戦しています。
―フランスのご家族は農業をされているんですか?
エミリー:農家ではないんですけど、フランスでは自分の庭で野菜を作ったり、私の兄弟は鳥を飼ったりしています。
パリでも、ルーフバルコニーで野菜を作っている人が多く、トレンドにもなっていて。自然や動物と身近で生活するという考え方がフランスでは広がっています。
―農業を始めてから1年が経ちますが、どうですか?
エミリー:本当に毎日楽しいです!ただ、いろいろ壁もあります。
ここで育てた農作物を販売するには、毎年検査を受けなくてはいけない。検査にかけられる量は、1キロと決まっていますが、1キロの「ミント」と1キロの「ジャガイモ」では重さが全然違うので、量も変わってきます。
検査のために、たくさん量を作る必要があるので、去年はジャガイモしか販売できませんでした。そのジャガイモは、大熊町のコンビニで販売しました。
さらに、検査に出した農作物は戻ってこない。去年農業を始めたばかりだったから、必ず収穫して販売しなければとプレッシャーを感じていたけど、今は自分らしいやり方で好きなふうにやっていこうと思います。
大変なこともあるけど、原発事故の被害があった大熊町でエコロジカルな農業をすることは、とても意味のあることだなと。そして、ここから広げることも。
ここが私の最後の場所。エミリーさんが描くこれからの農園の姿
―今後はどんな農園にしていきたいですか?
エミリー:それぞれの季節を楽しめるカラフルな農園を作りたいなと思っています。あとは、もっと収穫できるようになったら、それを使った紅茶やお菓子などの商品を作りたいなって。そして、よく手伝ってくれる人たちに渡したいです。
大熊町の人たちが、本当によく手伝ってくれるんです。周りの農家さんも、そうでない方も。去年は、大熊町の人たちと一緒に製材所に行って、処分する予定だった木材もらって、畑に運んでもらいました。
あとは、会津や白河の友人も手伝ってくれて。農園にあるベンチも作ってくれたんですよ。
―SNSなどでは、エミリーさんのもとにどんな声が届きますか?
エミリー:青森県や鹿児島県など、全国からたくさんの応援の声が届きます。この前は、私のことを知ってくれた千葉県の方が大熊町まで遊びに来てくれて、一緒に農園を周ったりもしました。
―最後に、あらためてエミリーさんが思う福島県の魅力を教えてください。
エミリー:福島県は、浜通り・中通り・会津と3つの地方に分かれています。なので、それぞれの地方で違った景色が楽しめる。海の景色や山の景色、それから盆地の風景。本当に自然豊かで美しい。
あとは、やっぱり人ですね。みんな優しくて、とっても温かいです。
いろいろな場所に行ったけど、もう長い旅行の最後の場所にいるって感じかな。腰を据えた感覚はあるし、もうここから移動するつもりはないんです。
ゴールに着いたから、もう戻る必要がない。そんな気がします。
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今回エミリーさんに会いに行ったパリマグ編集部の私は、福島県いわき市出身。
福島県の魅力を笑顔で嬉しそうに話すエミリーさんを見て、とても胸が熱くなりました。
今後の農園がどうなっていくのか、とても楽しみにしています。
写真:土田凌