約2年間イタリアで料理の修業をした後、帰国して、『ものがたり食堂』を始めたさわのめぐみさん。小説や童話、映画の物語から着想を得て仕立てられたコース料理は、さわのさんの豊かな想像力やクリエイティビティを体感できます。12月には、10代から綴ってきた夢日記をもとに、初めての絵本『種をあつめる少年』を出版。摂食障害からの脱出、イタリア留学、鎌倉への移住など、さわのさんの人生から、食への考え方やものづくりの意識を紐解きます。
さわのめぐみ
フードディレクター。料理人一家で育ち、約2年間イタリアで修業。帰国後はイタリアンの枠から飛び出し、「ものがたり食堂」を中心にクリエイティブな料理を生み出す。『わかったさん』や『こまったさん』シリーズのレシピ監修でも知られる。移住した鎌倉で完全予約制の店を始め、パフェのコースが話題に。初めて手がけた絵本『種をあつめる少年』を出版。
Instagram:@megumi_sawano_
何が入っているか知りたい。自分のためにはじめた料理
―料理人一家で育ったさわのさんですが、幼い頃から食に興味があったのですか?
さわのめぐみさん(以下、敬称略):食べることが大好きって言えるようになったのは、実はここ10年くらいのこと。食堂をやっている両親のもとで育って、食べ物が常にたくさんある環境だったからこそ、逆に食のありがたみを感じられなくて、摂食障害だった時期があるんです。たくさん食べては吐いてを繰り返していました。食べたら太るかもしれないと、自分に呪いをかけていたんですね。
―その呪いに原因はあったのでしょうか?
さわの:洋服がすごく好きだったんですが、かわいい服を見ては「私の体型では着たらだめなんじゃないか」と思ってしまって。当時の彼氏にふられたのも、何も言われていないのに、私が太っているからかもしれないと思ったり…。思い込みが激しかったのでしょうね。美容専門学校に通っていたので、周りのみんなの美意識が高くて細かったということもありました。10年前くらいってまだまだ細いことが美しいという固定観念がある時代だったんですよね。時代のせいにしてはだめですけど。
―どんなきっかけで料理を作るようになったのですか?
さわの:摂食障害で不眠症に陥って、ついには入院することになりました。さすがにこのままではだめだと思って、食べることの何が嫌なのか考えてみたら、何が入っているかわからないものを食べるということが怖かったんです。世の中、何でできているかわからない食べ物って多いんですよね。でも自分で料理すれば、砂糖がどれくらい入っているか、どんな食材が使われているかもわかる。そうやって食への恐怖心を解いていきました。
それまで、ごはんさえ炊いたことがなかったんですよ(笑)。まずは自分のために料理を始めたけど、パンやクッキーを友人にお裾分けしたら「おいしい!」って言ってもらえて、私って料理上手なんだって調子に乗りました(笑)。それが自分の中の小さな成功体験でしたね。
―料理を作るとき、糖質やカロリーを意識していますか?
さわの:今は、そこまで意識していません。そもそも料理ができなかったので何も知らなくて、サラダでさえ太る気がしていました。
クッキーを初めて作るとき、バターの量にびっくりしませんでしたか? 「え、こんなに入れるの? 間違ってない?」って、測り直したりして(笑)。料理に何がどれくらい入っているか知ることができたら、クッキーをたくさん食べたとしても夕食はサラダにするとか、そういう調整ができるようになりました。
イタリアでの暮らしから学んだこと
―さわのさんがイタリア料理を学ぶことになったのは、どんな経緯だったのですか?
さわの:アパレルで働いていたんですが、ごはんを食べられるようになってから、もっと料理をしたいと思ってカフェに転職しました。でもカフェごはんって、私の恐怖心が発動するような、素材がわからないできあいのものが多かったんです。もっと本格的な料理を作りたいし、いろんな店で食べてみようと思って、最初に行ったイタリアンレストランで「バイト募集はしていますか?」って聞いたら、シェフが出てきて「明日から来ていいよ」って(笑)。
でもメニューを理解してからでないと厨房には入れられないと言われて、イタリア語の勉強から始めました。意外とすっと入ってきて、学んでいくうちにおもしろくなっていきましたね。
―イタリア語のどんなところにおもしろさを感じたのでしょうか?
さわの:たとえば、カルボナーラって「炭焼き夫」という意味なんですよ。ペスカトーレは「漁師」。アラビアータは「怒り」という意味で、唐辛子をふんだんに使ったソースの辛さから怒ったように顔が赤くなるパスタ。なんだかかわいいですよね。ティラミスは引っ張るという動詞「Tirare(ティラーレ)」からきていて、「私を元気にする」という意味。ハイカロリーでエネルギーになるから、イタリアでは夜の営みの前に食べるという説もあります。
そういった名前の由来や物語を知るのが、昔から大好きなんです。だから、ものがたり食堂をやっているんだと思うんですけど(笑)。そんな風に言葉を学ぶうちに文化にも興味が出てきて、イタリア留学を決めました。
―イタリアでの暮らしはどうでしたか?どんな学びがありましたか?
さわの:約2年間、大変だったけど楽しかったです。フィレンツェに住んでいたんですが、アパートが世界遺産地区にあって、雨漏りしてもなかなか修復してくれないんですよ(笑)。ティーボーンステーキが有名で肉の文化が強い街なのですが、たまたま働くことになったのは、当時まだ珍しかったベジタリアンレストランでした。卵とチーズは使うけど「もどき肉」は使わない店で、野菜をいかにおいしく食べるかを学びましたね。
イタリア人って、応用力や柔軟性がすごいんですよ。普段はちゃらんぽらんなのに、即興でおいしいものを作ったりするし、決められた時間内でのパフォーマンスが高い。日本人はゲストを迎えるための準備は入念ですが、イタリア人の適応能力から学ぶことは多かったですね。
物語から感じられる“感覚”を料理に
―帰国後に、ものがたり食堂を始められたんですよね。
さわの:当初、ものがたり食堂は1回きりのイベントの予定でした。でも最初に来てくれたお客さんに「次は何の物語ですか?」って聞かれて、「え?次?」って思いながら続けてきて(笑)。結局、30の物語を料理にしてきました。
作中に登場する料理の再現だと思って来られるお客さんも多いんですが、私が物語からイメージした料理を作っているとお伝えするようにしています。
―物語から、どのようにインスピレーションを受けているのですか?
さわの:たとえば映画を観るとき、料理のことを頭で考えるというより、そのシーンが印象的だと口の中がシュワシュワしてくるんです。こないだ知人に「さわのさんのそういう感覚って共感覚って言うんですよ」と教えてもらいました。小さい頃はみんな共感覚を持っているそうですが、文字や数字に色がついて見えたり、音を聞くと色が見えたり、ひとつの感覚に対して別の感覚が引き起こされるものだそうで。
私は映画を見ていると、おいしいか、不味いかかはわからないけど、酸っぱい、甘い、辛いといった感覚が口の中にワーッと広がってくる。今まで、「ものがたり食堂ってどういう風に考えているんですか?」と聞かれても言語化できなかったのが、その共感覚を教えてもらってしっくりきたんです。
―さわのさんは共感覚を失わなかったのですね。どんな子どもだったんですか?
さわの:自宅が少し離れていた場所にあって、近所に気軽に遊べる友達が住んでいなかったんです。兄も10歳年上だったし、ひとり遊びで空想している時間が長かったですね。ぬいぐるみをたくさん並べて、お人形遊びばかりしていました。それが想像の世界を広げてしまったんですかね(笑)。
―幼い頃は、どんな物語が好きでしたか?
さわの:小さい頃はファンタジーが好きで、『ハリーポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』などの映画をよく観ていました。絵本も好きで、同じ本を何度も読んでいましたね。最初に読んでもらった絵本は『ノンタン おねしょでしょん』で、『スイミー』や『100万回生きた猫』も好きでした。
自分だけの夢日記から生まれた絵本
―今回、絵本『種をあつめる少年』を出版されましたが、以前から絵本の構想があったのでしょうか?
さわの:ものがたり食堂をやってきて、誰かの物語を借りてばかりだったので、自分でも作ってみたいと思っていました。この絵本は、10代の頃から書き溜めてきた私の夢日記をもとにしたもの。自分だけのファンタジーみたいな、誰に見せるでもなく綴ってきたものだったけど、改めて読んでおもしろいと思った夢日記を繋げたら絵本が生まれました。
―絵本という形にこだわったのはなぜですか?
さわの:個展を開こうと思っていたのがコロナ禍でなくなって、表現の場を失ったことで何か形に残るものを作りたいと思ったとき、絵本という形が浮かびました。そんなときに中村まふねさんの作品に出合い、頭の中で夢日記が思い浮かび、私の物語を描いてほしいって思ったんです。
―料理を作ることと絵本を作ること、ものづくりの意識は違いましたか?
さわの:今まで、料理という“消えもの”を作ってきました。おいしいと食べてもらう、その瞬間の喜びの積み重ねで続けてきた。自分のためにだけ料理をしていたらここまで続けられなかったし、誰かのためにと言いながら、結局それは自分のためになっていたんです。
でも料理って、写真に残さない限り残らないもの。それをどこかで悔しいと思っていました。だから今回、初めて絵本という形として残すことができるものを作れたのは大きかったですね。出来上がって残るということに、すごく喜びを感じています。
―どんな人にこの絵本を届けたいですか?
さわの:この絵本は、大人にも読んでもらいたいんです。種を題材にしているんですが、他人から見たらゴミみたいなものでも、自分にとっては宝物になるという、そういう大切な気持ちを伝えたかったんです。主人公の少年は、私のイマジナリーフレンド。昔こういうことしていたよね、という温かい気持ちを、大人に思い出してもらいたいですね。
表紙がくり貫いてあって、めくると金箔が出てくるんです。カバーがかかっているものなので、読者がそこまで見てくれるのか最後まで悩みましたが、そんな細部までこだわった1冊になっています。
―好奇心旺盛で意欲的なさわのさんですが、新しいことを始めるときにためらいはないですか?
さわの:ワクワクします。思い立ったらすぐ行動。動かないと気持ち悪いし、動いてみないとわからない。実は環境を変えることはあまり得意な方ではないんですが、昨年、鎌倉に引っ越してきたのは良い刺激になりました。東京が好きだと思って生きてきたけど、鎌倉に来てからよく眠れるようになって体調も良くなりました。この場所で店も始めて、パフェのコースやものがたり食堂をやっています。冬はお休みしていたんですが、イチゴがおいしい2月頃からパフェも再開する予定です。
―これから、どんなものを作っていきたいですか?
さわの:たくさん物が溢れている世の中なので、形に残るものを作り続けることに葛藤もあります。そんな気持ちもあって、結局“消えもの”が良いのではないかと、料理を続けてきたのかもしれません。映画のように、物としてではなく残るものもいいなと思います。無形であれ、有形であれ、これからも作品は作り続けていきたいですね。
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勇気を出して一歩踏み出してみると、動き出すことがある、そんなふうに思わせてくれるさわのさんのお話でした。
そんなさわのさんの『種をあつめる少年』は、自分を少し強く優しくしてくれる宝物に気づかせてくれるような物語です。
- ■書籍情報
- 絵本『種をあつめる少年』
- 著者:さわのめぐみ
- HP:https://mgshokudo.thebase.in/items/55343934
執筆:鈴木桃子
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