夜のはじまりが早くなり、肌に感じる風もひんやりしてくる秋。開放感のある春や夏に比べて、落ち着いてじっくりと自分と向き合いたくなる季節でもあります。
昔から “読書の秋”とはよく言ったもので、長い秋の夜は読書をするのにぴったりです。
さて、秋の夜長に何を読むか…?長編小説、ビジネス本、自己啓発…話題の本、注目の本はいろいろあるけれど、自分と向き合いたい今の気分には、エッセイなんていかがでしょう。
秋の夜長に読みたい5冊のエッセイを紹介いたします。
“おおらかな”フランス的暮らしが志麻さん家族の幸せの秘密『ちょっとフレンチなおうち仕事』
瞬時にたくさんのレシピを思い描き、テキパキと料理を作る“伝説の家政婦”ことタサン志麻さん。私たちが知る志麻さんは、まさに料理の達人です。
フレンチレストランで腕を磨き、その後家政婦として数えきれないほどの家庭で振る舞ってきたセンス抜群の料理が話題となり、志麻さんはあっという間にメディアに引っ張りだこになりました。
『ちょっとフレンチなおうち仕事』(ワニブックス)は、そんな志麻さんのパーソナルな部分を覗くことができるライフスタイル本。「フレンチはシンプル」そんな言葉が添えられた志麻さんの暮らしには、多くの人がイメージする“フランスらしさ”や“華やかな暮らし”とは一味違う、“地に足のついた”フレンチのエッセンスが心地よく馴染んでいるのです。
本書の一番の魅力は、「家族が笑い合って過ごすため」という志麻さんの想いに触れられること。センスの光る志麻さんのお料理や家事の秘密が紐解かれ、すとんと腑に落ちる内容となっています。
志麻さん家族の暮らしぶりは、全体的にリラックスした雰囲気。そのわけは、ロマンさんのお義母さんやフランス人の友人など、ごく身近な人たちのフランス人的な価値観を参考にしているからだそう。
心地いい暮らしを模索しながら少しずつDIYを進めたり、食事を用意する時間そのものを家族や友人たちと楽しんだりと、フランス人は焦らずのんびりプロセスを味わうのが上手。そんな彼らのおおらかさは、志麻さんが思い描く“家族みんなで楽しむ暮らし”の重要なエッセンスになっているのでしょう。
本書は、料理を上達させたい人や、効率の良い家事のハウツーが知りたい人にとっては、物足りないかもしれません。しかし、家族のあり方に向き合いたい人には、志麻さんのフランス人的な暮らし方は大きく役立つはず。幸福や豊かさの価値観が多様化する今だからこそ、あなたや家族が楽しく食事を囲む暮らしを思い描きながら、本書を開いてみてくださいね。
- ■書籍情報
- 書名:ちょっとフレンチなおうち仕事
- 著者:タサン志麻
- 出版元:ワニブックス
モデル・浜島直子さんが綴る初随筆集『蝶の粉』ささやかで特別な日々を愛する
“はまじ”の愛称で知られ、晴れ晴れとした笑顔が魅力的なモデルの浜島直子さん。本業のモデルだけでなく、『世界・ふしぎ発見』(TBS)の「ミステリーハンター」として、日本の外側にあるワクワクドキドキをお茶の間に届けてくれたことは、たくさんの人の記憶に残っているのではないでしょうか。
幅広い活動を続けながら結婚・出産を経て2020年、随筆集『蝶の粉』を出版されました。浜島さんの旦那さんでもあるアベカズヒロさんとの創作ユニット「阿部はまじ」では、絵本制作に取り組むなど、これまでも執筆に対する意欲は前向き。ですが随筆集という形では、本書『蝶の粉』が初となりました。
娘として、姉妹の次女として、妻として、そして母として。本書の魅力は、浜島直子さんの着飾らない姿が浮かび上がる、丸裸の言葉で記されたエピソードの数々です。そのいくつかには、「娘」の表情を色濃く滲ませた出来事が綴られています。
家族のルールを重視しすぎて、浜島さん自身が苦しんでいたときに母親からもらったひと言や、父親にバレンタインのチョコを送り忘れてしまったときに思い出した両親からの言葉。こうしたエピソードを始め、本書に記された多くは、どんな人の心にも思い当たるものばかり。
「そう、ここに記したのは、何ら特別ではない、誰にでも起こりうるささやかなこと。」(『蝶の粉』「はじめに」より)
確信をつく言葉や抱擁のようなあたたかさを感じる言葉。子を思う親の言葉の深さは、出来事の大小には何ら関係ないことに気づかせてくれるのです。些細な事であっても「ありきたり」にはならず、読者の心を打つわけは、きっと浜島さんの竹を割ったような清々しい本音が綴られているからでしょう。
『蝶の粉』は、ささやかで愛を惜しみなく注いでくれた両親に、歩み寄るきっかけとなります。生きる血肉となっているのは、名もなき当たり前の日々。家族との繋がりが深まる秋をつれてきてくれるのが『蝶の粉』です。
- ■書籍情報
- 書名:蝶の粉
- 著者:浜島直子
- 出版元:mille books
旅路に溢れる“音”がかつての旅を鮮やかに手繰りよせる『旅を栖とす』
ロックバンド、チャットモンチーのドラマーとして活躍した後、2012年より作家として本格的に活動をスタートさせた高橋久美子さん。NHKのラジオ番組「ごごラジ!」内のコーナー『高橋久美子の旅をすみかとす』は、旅の珍道中や旅先からの中継など、数多くの旅に関するエピソードで人気を集めていました。そんな背景から生まれたのが『旅を栖とす』です。
「さあ、旅に出よう!」のひと言から始まる本書は、約10年間で訪れた国内外の土地での出来事が集められたエッセイです。出版されたのは2021年とごく最近のこと。
「旅に行けない今だからこそ、旅は素晴らしいものだとその日々を振り返りながら思った。」(『旅を栖とす』プロローグより)
当時の記憶を辿りながら綴っている本書は、とりわけ“耳”で楽しむことができます。というのも、録音された「街の音」を聞きながらしたためられているから。異国の歴史や文化や人との交流が綴られたページ上に、“音”や”音楽”が弾み、音楽の分野で活躍された高橋さんならではの作品となっているのです。
「音は人を解き放つ魔法だ。さっきまでベッドで伸びていたのが嘘みたい。疲れから解放される自分がいた。食卓から立ち上がった人々が踊りだす。楽しさの空気が溶け合い渦になっていく。こういうとき平和という言葉がしっくりくる。」
けれどその土地の息づかいに共鳴する高橋さんの体験は、愉快なものだけではありません。ポルポト政権によって迫害の対象となった「アプサラの踊り」を見たカンボジアでの体験など、歴史の陰りにもしっかりと目を向けています。
「国という見えない境界線の向こうには私の知らない時代が横たわる。けれど、こうして人と人として出会えたとき、私達は違うけれど同じなんだと知る。」
素敵なことも悲しいことも含めて「音は人を解き放つ魔法」。そんな体験が多く綴られた本書を手にしたら、あなたもかつての旅に耳をすませてみたくなるはずです。
- ■書籍情報
- 書名:旅を栖とす
- 著者:高橋久美子
- 出版元:KADOKAWA
48個の好きが紐解かれる『「好き」の因数分解』叙情的に綴られたリアルがやさしく響く
手にすっと馴染むわずか100頁程からなる『「好き」の因数分解』。本書は詩人で小説家の最果タヒさんの数少ないエッセイ本のひとつです。目次には、マックグリドル、『よつばと!』、宇多田ヒカル、小豆島…。並ぶのは見るだけで楽しい単語ばかり。
『「好き」の因数分解』は、「“好き”に関する48個のキーワード」を作者自身が紐解いていくというもの。“好き”のピントが少しずつ明瞭になっていく様子が、見開き2頁の中にぎっしりと詰まっています。気持ちをふわりと軽やかにする、ささやかなエピソードそのものに魅力があるエッセイ集です。
「『好き』という言葉はそのためにあって、それ以外何もない、その内側に何があるのかなんて、知ろうとするたび爆発だけが起きる。風船が割れるみたいに真っ白になる。私はだけれど書いてみたい、真っ白なところではなくて、その破裂する瞬間を言葉にしたい。」(『「好き」の因数分解』「はじめに」より)
そんなふうに私たちの中でほとばしる「好き」という感情。多くの人がすくいあげられなかった言葉の片鱗を『「好き」の因数分解』では目にすることができるのです。
「そのまぶしさに目を細め、まばたきを混ぜながらでしか景色を見つめることはできないのだというそのことを、モネの絵は思い出させてくれる。美しさ、というものがまぶしいものであるということを、誰よりも知っているのがモネの瞳だ。私はそう信じていたし、だからこそモネの絵が好きだった。」(「クロード・モネ」より)
例えば、「クロード・モネ」の見開きでは、クロード・モネに対する“好き”という感情がとりまく景色や空気感をリアルに描きます。だからこそ、読み進めながら深まる「わかる」という感覚はふわりと心地よい。そんな最果タヒさんのエモさが滲み出た散文は、自分にしかない“好き”の物語を思い出させてくれるでしょう。感性を磨く秋にぴったりではないでしょうか。
- ■書籍情報
- 書名:「好き」の因数分解
- 著者:最果タヒ
- 出版元:リトル・モア
『ここじゃない世界に行きたかった』美的感性が溢れる文章、写真、そして出会い
「ニューヨークはまるで、雑多な本屋みたいなものだ。あそこに行けば何かがある、とふらりと立ち寄る人がいる。目的以外の本に惹かれるかもしれないし、まったく知らなかった分野が気になってしまうかもしれないし、本を買いに来たのに雑貨を買ってしまうこともある。人との出会いだって起こりうる。」(『ここじゃない世界に行きたかった』「続・ニューヨークで暮らすということ」より)
そんな印象的なフレーズが綴られている『ここじゃない世界に行きたかった』は、かつて「バズライター」と呼ばれたこともあるライターの塩谷舞さんによるエッセイ。ニューヨークでの日々、そこで考えたことや気付きが丁寧な文章表現により綴られている1冊です。
新型コロナウイルスが世界に蔓延る時節もニューヨークで過ごし、誰しもが初めて経験する「緊急事態」の日々に、塩谷さんもまた孤独や不安を本書に吐露しています。遠く離れた異国の地であるならば尚のこと。
ですが外出が制限されたからこそ、暮らしと向き合う時間が生まれ、塩谷さん独自の美的価値観が育まれていく様子にも触れられています。
「『自分が美しいと思うものを、ちゃんと美しいと感じていいのか・・・・・・』とても静寂な天変地異だった。嬉しくなり、どんどん美しいと思うもの文章に綴り、写真に残し、世の中に話しかけてみた。するとまた、次なる道しるべが見えてくる。」(「美しくあること、とは」より)
この言葉どおり、塩谷さんの美的感性が垣間見える素敵な写真がいくつも挿し込まれています。ニューヨークの住まい、インテリア、大都市の街並みや友人たちのアトリエ…。統一された世界観と色調で、眺めていても心地よく、まるでギャラリーを覗いているかのよう。
「美しさとはつまり、自分だけが自分に与えてあげられる、大切なギフトなのだ。」(「美しくあること、とは」より)
素敵な人たちとの出会いや、目覚めていく美的感性。塩谷さんのニューヨークでの体験は、アナタの中に眠る美意識を刺激します。”次なる道しるべ”に本書を選んでみては?
- ■書籍情報
- 書名:ここじゃない世界に行きたかった
- 著者:塩谷舞
- 出版元:文藝春秋
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書き手のライフスタイル、パーソナルな想いや考え、日々の暮らしの中での気づきや迷い…さまざまな一面に触れられるエッセイは、自分自身のことを振り返るヒントや明日を楽しむ気づきをくれるはず。
秋の夜長に、お気に入りの音楽を流し、あたたかいドリンクを用意して、エッセイを1冊。素敵な読書タイムをお過ごしください。
★お知らせ★
浜島直子さんご登壇!オンラインイベント『PARISmag Festival 2021』が開催!
WEBマガジン「PARISmag」主催の『PARISmag Festival 2021』に、浜島直子さんのご出演が決定しました。『リサとガスパール』作者・アンさんとゲオルグさんへインタビューをしてくださいます。ここでしか聞けないトークをお楽しみください。
▶Peatixにてチケット好評発売中!
オンラインイベント『PARISmag Festival 2021』
日時:2021年11月21日(日)13:00~
チケット代金:1,000円 ※全プログラム通しのお得なチケットも発売中
詳細はこちら
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