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    ものを大切に、長く使う魔法――金継ぎの魅力をナカムラクニオさんに聞く

    近年、注目が高まる「金継ぎ」。映画『スター・ウォーズ』の最新作に登場し、アメリカの人気ミュージシャンも『Kintsugi』というアルバムを発表、そして世界中で金継ぎをテーマにした映画が制作されるなど、ますます話題になっています。「金継ぎ」とは、割れたり欠けたりした陶磁器をうるしで接着し、その継ぎ目を金、銀などで飾る日本伝統の修復技法のこと。金継ぎによって壊れた器が表情新たによみがえり、さらなる息吹を吹き込む、まるで魔法のような技法です。

    金継ぎ作家の顔を持ち、ロサンゼルスで金継ぎの学校を設立するなど、海外でも普及活動をするナカムラクニオさんにお話しを伺うと、奥深い金継ぎの魅力が見えてきました。

    ナカムラクニオ

    1971年、東京生まれ。荻窪「6次元」主宰。映像ディレクター、美術家としても活動を続け、山形ビエンナーレなどに参加。著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』(玄光社)など多数。世界に日本の文化を発信する活動を続け、米国在住の日本画家マコト・フジムラと共同で金継ぎの学校「Kintsugi Academy」をロサンゼルスに設立。

     

    金継ぎの伝統を継いでいくために

    ―ナカムラさんは、金継ぎの普及活動もされていますが、惹かれたきっかけは何だったのでしょう?

    ナカムラクニオさん(以下、敬称略):15年ほど前に、益子焼の人間国宝・濱田庄司氏の息子である晋作さんからいただいた湯のみ茶碗が割れてしまい、自分で金継ぎしてみたことがきっかけでした。子どもの頃から自分が使う茶碗などは、すべて母親が作ってくれたものを使っていたので、焼き物には愛着を感じていました。前職がテレビのディレクターで、日本の工芸を紹介する番組で全国の工房を訪ね歩いた経験も大きな影響があったと思います。金継ぎを始めたあとは、タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーなどアジア各国の漆の産地をめぐって素材を研究してきました。そこで知ったのが、漆の面白さと難しさです。金継ぎの特徴は、漆を使うことですが、かぶれるんです。でもいろいろと調べていくうちに、安全な素材に出合いました。

    ―安全な素材とは?

    ナカムラ:「新うるし」という新しい素材です。これは、100%植物性の樹脂。東南アジアのウルシ科の植物が原材料です。これを使えば、かぶれないし短時間で乾きます。この材料との出合いによって金継ぎに挑戦できて、その魅力を知ることができました。

    ナカムラさんが、金継ぎに使用する道具一式

     

    器を修復するひとときが、心の傷まで修復する

    ―「金継ぎとは、ささやかな魔法」。ナカムラさんはご著書にも、そう書かれていますね。

    ナカムラ:金継ぎのワークショップを始めたのは2008年ですが、大きな変化があったのは2011年の東日本大震災がきっかけです。「震災で割れてしまった器を直したい」という依頼が殺到して、東北、熊本、関西など地震や台風の被災地で「金継ぎボランティア」のワークショップを始めました。そうしたら、みんなとても喜んでくださいました。特に多かったのが「心の傷まで癒されました」という声。僕はただ金継ぎを教えただけなのに、まるでお医者さんのように感謝されて(笑)。それで、魔法のような治癒力があることを知ったんです。アメリカでは、「金継ぎセラピー」も流行っています。

    ―器を修復する金継ぎが心まで修復するなんて、素敵なお話です。

    ナカムラ:金継ぎは、自分の心と向き合う行為だと思います。壊れた器を黙々と修復していると、その器に関わった人を思い出します。その思い出す時間こそが、人の心を癒す。これは大きな発見でしたが、金継ぎのルーツに立ち返ってみると、けっして不思議なことではないんです。茶道の世界には「見立て」という概念があり、茶人たちは茶器の傷を景色に見立て、その情景を味わい、楽しむ。これが金継ぎのルーツであり、本質的な楽しみ方です。そう思うと、壊れた器に自らの思い出を投影し、その思い出と向き合うという行為はとても理にかなっていますよね。

    金継ぎで、大切なのは傷に対して「味がある」と感じることです。つまり、われわれ日本人は、古びて、傷があった方が「かっこいい」と考える。「傷」を「味」と呼ぶ美意識と「無用の美」を愛でる感受性があれば、世界が違ってみえます。 完璧であることを求めないとき、壊れたものに美を見いだすとき、人生の価値観も変化し始めると思います。金継ぎの本質とは、「壊れものとしての自分」を受け入れる技術なんです。

    ―修復する時間は、器にまつわる思い出に浸る時間。それが自分との対話になり、心の傷を癒していくんですね。

    ナカムラ:金継ぎワークショップには10代から20代の若い方も参加してくれますが、みな金継ぎの治癒力を自然と理解しています。もしかすると僕たち日本人には、金継ぎを生んだ茶人のDNAが組み込まれているのかも。日本人って、ダメージのあるジーパンに対する偏愛も、ものすごいじゃないですか(笑)。

     

    金継ぎを覚えれば、壊れることはもう怖くない

    ―金継ぎは、フランスとも相性がいい気がします。パリの蚤の市が物語る通り、古い物を長く使うことに、フランス人も何か意味を見出しているような。

    ナカムラ:フランス人と金継ぎの相性は、とてもいいと思います。世界各国の骨董市を訪ね歩いていますが、古物に対する愛情の深さは1位がフランス人、2位がイタリア人じゃないでしょうか。単に古い物を使い続けるだけでなく、受け継ぐことにプライドを持っています。「これは祖母から受け継いだ指輪よ」って、物の背景にあるストーリーを誇らしげに語りますよね。僕の生徒さんも、パリで金継ぎの教室を開いています。最近、フランスではデザイナーの高田賢三さんが新しいライフスタイルブランド「K3」を立ち上げ、「金継ぎ」をテーマにして話題になりました。イタリアでもとても流行っていますが、恋愛小説の主人公が金継ぎをしていたり、CMに登場したり、接着剤まで「キンツグルー」という名前で売られているほど人気がありますね。

    ナカムラさんは修復した縄文土器なども、普段使いしている

    ―海外の方にも、金継ぎの治癒力が伝わっているのですね。そしてコロナ禍によって世界中の人々が苦しむいま、より金継ぎに注目が集まりそうな予感です。

    ナカムラ:僕もそう思います。コロナ禍で、自分自身の生活を見直す人が増えましたよね。自宅で過ごす時間、食事をする時間が増え、器に注目する機会も増えました。何気なく使っていた器にも捨てがたい思い出があることに気づき、ずっと大事にしたくなる。そこで「金継ぎ」が登場する。金継ぎの素晴らしさは、「壊れることを恐れなくなる」ことです。大事な器を割ってしまうと、ものすごく悲しいし、怒りの感情さえ湧いてきます。でも、金継ぎさえすれば、悲しむ必要も、怒る必要もない。僕なんて、むしろ嬉しくなりますからね。「お、これは良いひびが入ったな」なんて(笑)。

     

    器は傷付いたとき、真に“自分のモノ化”する

    ―なるほど(笑)。割れたら捨てるしかない、という考え方にならなくていいんですね!

    ナカムラ:金継ぎを覚えると、すごく前向きになれるんです。どんな器も割れた瞬間、真の意味で“自分のモノ化”される。その傷は間違いなく唯一無二。二つとして同じように割れる器はありません。そして金継ぎをすれば、真に“自分のモノ化”した器をずっと使い続けられます。焼き物は、記憶のかたまりです。あらゆる記憶が、器の底に静かに、降り積もっています。職人さんの手のひらの記憶。窯の中でゆっくり焼かれた記憶。誰かに使われ、長く愛された記憶。みんなが、直したいものとは、その記憶の断片なんです。何度壊れても、そのキズを受け入れる「金継ぎ」という、ささやかな魔法を知っていれば、何かが壊れた時に、心が少し楽になるのです。

    ナカムラさんの講座では、金継ぎの材料がセットになっていて自宅で体験ができる

    ―きっと多くの方が、金継ぎに挑戦したくなるはずです。これから金継ぎを始める方にメッセージをいただけますか。

    ナカムラ:詩人レナード・コーエン(Leonard Cohen)は、こんなことを言っています。

    「There is a crack in everything.That’s how the light gets in.」

    (どんなものにも、ヒビがある。だから、そこから光が差すんだ)

    難しく考えず、遊びの気分で始めてみてください。「遊び」こそが、金継ぎの本質だと思うんです。これから金継ぎを始める方も、茶人にならえばいいんです。そして金継ぎに魅了されると、次第に「わびさび」の美しさを感じられるようになります。金継ぎとは、何かを再生する儀式的な行為によって、「精神的つながりを修復し、自己治癒を行う」ことだと思います。世界中のみんなが自分の身体の古傷を慈しむような気持ちで、気軽に金継ぎを体験してくれたらうれしく思います。

     

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