自然豊かな南仏の村を舞台にした小さな秘密が巻き起こす大騒動。『アメリ』を手がけたギヨーム・ローランによる脚本で、フランスの国民的作家ジャン=ジャック・サンペ原作漫画を映画化した『今さら言えない小さな秘密』。笑って泣いて、今よりもっと自分のことが好きになれる、そんな心温まる作品を紹介します。
自転車の国・フランスならではの発想と、幻想的でチャーミングな自転車の演出
南フランス、プロヴァンス地方のサン・セロン村で自転車店を営むラウル・タビュラン。“自転車修理の達人”と称されるラウルは、村人たちからの人望も厚く、美しい妻と2人の愛する子どもたちに囲まれて穏やかに毎日を過ごしています。
しかしラウルには幼少期から誰にも話したことのない秘密がありました。それは「自転車に乗れない」ということ。
自転車レース「ツール・ド・フランス」では国中が熱狂し、サイクリングロードの充実ぶりは日本の比ではありません。そんなフランスを舞台にした作品だからこそ、ラウルの「秘密」がいかに致命的で、その秘密を打ち明けるのにどれほどの勇気が必要か想像できるでしょう。
作中に登場する自転車は、この映画におけるシンボルとして存在感たっぷりに描かれ、出演者の一員として物語に華を添えます。色とりどりの車体、リズミカルなベルの音色は個々の自転車のキャラクターを表現しているかのよう。
一方、ラウルの自転車は、持ち主に乗ってもらうことなく手で押されるのみ。練習を重ねてもどうしても乗ることができない主人を案じてか、とぼとぼと歩くラウルの後ろを、時折自立してついて回ります。人格を持っているのでは、と思わせる自転車の描写は詩的で幻想的。セリフはなくとも自転車の感情が伝わってくるようです。
ラウルが抱えるシリアスな悩みとは対照的に、コミカルに進む物語とユーモア溢れる演出は、秘密が醸し出す後ろめたさ、罪悪感といった暗い感情をチャーミングに見せ、観る人の笑いを誘います。
親近感を抱かせる「小さな秘密」を巡る葛藤に、笑顔と勇気をもらう
「秘密」のせいで幼少期に友人ができなかったラウル。パリからやってきた写真家のエルヴェ・フィグーニュと良い友人関係を築きますが、フィグーニュが「自転車に乗ったラウルの姿を撮影したい」と申し出た瞬間から事態は一変。隠し通すべきか、信用を失ってでも打ち明けるべきか、ラウルの心情は激しく揺れはじめます。
ラウルのもやもやとした心模様を見ていると、思わず「分かる、分かる」とうなずいてしまうのは、きっと誰にでもラウルのような「小さな秘密」を持った経験があるから。
秘密を隠すために重ねる嘘、自尊心を守るために愛する家族さえ欺き、自らを追い込んでいくラウルの「大切な人に嫌われたくない」「今の自分でいられなくなるのでは」という憂鬱な気持ちには共感する部分も多いでしょう。
だからこそ大切な友人と愛する妻に秘密を打ち明けるラストシーンでは、人ごととは思えない安堵感と、詰めていた息を深く吐き出したような開放感を感じることができるのです。
ラウルと自転車が紡ぐ小さな秘密の物語は、「絶望するほど悲観的な運命なんてそうそうない。秘密があったら打ち明けてみて」と私たちに語りかけ、ありのままの自分を愛することで本当の幸せを得られることを教えてくれるはずです。
- ■作品情報
- 映画『今さら言えない小さな秘密』
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- あらすじ:
- 南フランスの小さな村で自転車店を営むラウル・タビュランには「自転車に乗れない」という秘密があった。そのことをひた隠しにし、代わりに幾度となく自転車修理をするうちに、“自転車修理の達人”として評判になる。ある日村にやってきた写真家のエルヴェ・フィニークが「自転車で坂道を下る姿を撮らせてほしい」と申し出る。ラウルは秘密を守るため、さまざまな手段を取るがことごとく失敗。ついに撮影の日がやってくるのだが…。
- フランスの国民的作家ジャン=ジャック・サンペ原作漫画を映画化。南プロヴァンスの美しい自然と町並みとともに描かれる「小さな秘密」から生まれた大騒動に、ハラハラドキドキさせられつつも、じんわりと私たちの心を温めてくれる作品。
- 出演:ブノワ・ポールヴールド、エドゥアール・ベール、スザンヌ・クレマン、
- 監督・脚色:ピエール・ゴドー
- 原作・脚色協力:ジャン=ジャック・サンペ
- 脚本:ギヨーム・ローラン
- 原題:Raoul Taburin/フランス/2018年/90分/日本語字幕:吉田由紀子
- 配給・宣伝:セテラ・インターナショナル
- © Pan-Européenne – Photo : Kris Dewitte
- HP:http://www.cetera.co.jp/imasaraienai/
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- 9月14日(土)よりシネスイッチ銀座他全国順次公開
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