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平野紗季子さんに聞く、食べる楽しみと「おいしい」より大切なこと。

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平野紗季子さんに聞く、食べる楽しみと「おいしい」より大切なこと。

先日訪れたパリのレストランで見た食事風景は「おいしい料理をとことん味わい、楽しむ」という、とにかくシンプルで圧倒的なエネルギーに満ちたものでした。

「食事ってすごい!食べるってすごい!」そんな衝撃をおみやげに日本へ帰国し、「食べる」ということに対して悶々とする日々に出会った本がフードエッセイスト・平野紗季子さんの著書『生まれた時からアルデンテ』だったのです。

食べ物と仲良くすること、それは人生を最高に幸せにすることだと私は思っています”

(『生まれた時からアルデンテ』平野紗季子)

生粋のごはん狂という平野さんのこの言葉を聞いて、レストランにいるパリジェンヌが活き活きとしていた理由がわかった気がしました。

「私は食べ物と仲良くできているのだろうか?もっともっと『食べる』ということを満喫したい」そんな思いと欲望を胸に平野さんに食事を楽しむ方法を聞くことに。


  • 平野紗季子(ひらの さきこ)
  • 1991年福岡県生まれ。2014年慶応義塾大学法学部卒業。小学生から食日記をつけ続ける生粋のごはん狂(pure foodie)。日常の食にまつわる発見と感動を綴るブログが話題となり、現在『anan』『SPRING』で連載中。著書に「生まれた時からアルデンテ」(平凡社)がある。

 

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今回は、平野さんも大好きという西荻窪『organ』でおいしい料理とシェフ・紺野 真さんのお話も交えつつ、いろいろなお話を伺うことができました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA左:紺野 真さんの著書『なぜかワインがおいしいビストロの絶品レシピ』。右:平野紗季子さんの著書『生まれた時からアルデンテ

食べ物は一期一会。キャラ立ちさせる言葉で記憶

平野さんのエッセイは「食」へのラブレターのようですよね。あの言葉たちは食べている間に浮かんでくる言葉なのでしょうか?

平野紗季子さん(以下、平野):そうですね。食べている時に言葉になることが多いですね。

例えば、初めて明石焼きを食べた時、まず「フワフワしているな」と思ったんです。でも、わたあめもマシュマロもシュークリームもシフォンケーキもフワフワじゃないですか。そのフワフワと明石焼きのフワフワは全然違うのに、フワフワって言葉で残しちゃうと、他のフワフワと区別がつかなくなっちゃうんですよね。それで、もう少し丁寧に味わってみたら「足腰の弱いたこ焼きだ!」って感じたんです。するとフワフワよりずっと印象的に特徴的に味の記憶を脳にしまえる。その時に、「あっ、それぞれの食べ物の個性を掴んでちゃんとキャラ立ちするような言葉で記憶した方がいいな、その方が思い出として残りやすいな」って思ったんです。

食べ物との出会いを一期一会というか、その瞬間をすごく大切にしていますよね。

平野:そうですね。本は何度でも読めるし、絵も何度でも見ることができるし、服だって何度も着られる。でも、食べ物は本当にその瞬間しかないんですよね。演劇と近いのかな?消えもので複製できない。同じものを二度食べることは不可能です。味わい損ねたら取り返しがつかないんですよね。でも、そういうシリアスさがあるから一食一食本気になるし、「今を生きてる!」って感じがしてきます(笑)。

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もっとフラットにもっと自由に食べ物を捉えたい

最近、私たちはどうしてもカロリーや栄養、健康、品質など、頭で考えて「食べる」ことが多いのかなという印象がありますが、平野さんはいかがですか?

平野:それは食べ物が思想と結びついているということに関係していると思うんです。宗教上の理由で肉は食べない、とかも勿論そうですけど、オーガニックを信じるとか、健康のために食べるというのもそのひとつですよね。

そういう人のなかには思想だけで食の満足感が得られる人もいると思うんですが、私はそうじゃないですね。オーガニックだからといってカサカサのマフィンは食べたくない(笑)。 私自身は食に対してもっと自由な態度でいいなと思っています。食べ物を広くフラットに捉えたいんです。A級グルメ、B級グルメと分けて考えられたりもしますけど、もっと何でも楽しんじゃえばいいのにというのはあります。

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それが平野さんにとっては、食べ物と仲良くするというようなことでしょうか?

平野:そうですね。星付きのレストランも行くし、コンビニのごはんにだって感動する。どっちが偉くて、どっちがダメというのはないと思うんですけど、分けたがる人もいますよね。私としては、もっとフラットに見ることができたらなと思っています。

ここにしかない物語があるお店、食べ物

普段、いろいろなお店に行かれていると思うんですが、そのお店選びはどのようにしているんですか?

平野:「ここにしかない食べ物」に惹かれますね。どこででも食べられるものとか、似たようなもの、背景がないものはつまらないなと。

地方ならではの特産物とかもそうですが、その店にしかない物語が魅力的だとアガります。例えば五反田のモスバーガーって60歳以上の雇用を積極的にやっていて、「モスジーバー」とも呼ばれているんです。深夜にお店に行くと、おじいちゃんとかおばあちゃんとかが働いていて和菓子屋さんに来たような気分になっちゃう。2回しか行っていないのに「いつもありがとうございます」とまっすぐに目をみて言ってくれて。ファーストフードで、ひとりの人間として認識されることってあまりないからキュンとしましたね。だから五反田店には、他のモスバーガーとは違う物語があると思うんです。

お客さんも店員さんもシェフも料理もメニューも内装も。なにかしら特別の物語が感じられるお店にときめきますね。

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そういうお店の物語を察知するコツはありますか?

平野:コツか~そうだな、ひとりで行くといいと思いますね。恋人と、友達とってなるとそこの人間関係が大事になってきちゃうから、お店の物語に浸りたいならひとりで行った方がいいと思いますね。

前にとあるシェフの方とごはんを食べたことがあって、つい何か会話をしないとと思い、いろいろと質問していたんですね。だけど、あまり答えてくれなくて。どうしたのかなと思っていたんです。そうしたら、そのシェフが「僕は、この料理を作った人がどれだけ苦労して、どれだけ手をかけて作ったのかが分かるから、その世界に浸りたい。だから、食事中に関係ない話をしたくないんです」と、おっしゃって。それを聞いて、すごい衝撃だったし感動したんですよ!それでいいんだ!あなたが正しい!って。

では、平野さんもその作り手の思いを意識されているんでしょうか?

平野:やっぱりその料理人が作った世界を最大限に味わうということに、一番の重きを置きたいですよね。

その時は無関係な会話は一切なく、とにかくお皿の上にある世界に集中して向き合ったので、本当に涙出るくらい感動しました。料理を食べながら作ってくれたシェフと対話しているような感覚になって、そのシェフの物語を辿っているような感覚になりました。

「料理は思いを伝えられる」ということが、はっきりと自分の中で腑に落ちたんです。

その人にしか味わえない味を体験したい

それはもう「おいしい」という感覚とは違う感動ですね。

平野:おいしい史上主義になるとせっかく大切な物語があっても、それを見逃しちゃいそうだなとも思います。料理がそんなにおいしくなくても、いいお店はありますし、「おいしい」よりも大切なことはあるのかなと。接客にしたってそうです。感じの悪さが逆に魅力的なこともあるのに、「サービスがなってない」の一言で切り捨てるのはもったいないと思います。

その物語というのは、平野さんの中で創作する感じなんですか?

平野:そうですね。勝手に考えちゃいます。直接、話を聞いてしまうとそれが答えになっちゃうから、勝手に想像しちゃうことが多いかも。それも「食べる」ことの楽しみのひとつですね。こないだ、ものすごい無愛想なカウンターイタリアンに行ったんですけど、その時に「この店主が無愛想である理由」を勝手に妄想するのがすごくおもしろくて(笑)。人によっては「無愛想だ!」で切り捨てちゃう人もいると思うんですけど。

あと、その人にしか味わえない特別な味を体験したいという思いが強いです。築地で働いている人が食べる場内の中華料理屋さんの冷やし中華の味とか。そこに私が行って、同じものを食べてもきっと違う味だと思うんですよ。私の味とあの人の味はきっと違うんだということを想像しながら食べて、勝手に憧れています。

創作料理からクラシックなものまで揃う『organ

お話しているうちに厨房からはいい香りが。何が出てくるのかワクワクしていると1皿目が運ばれてきました。ここからは紺野さんにお料理を説明してもらいながら、お話を伺います。

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1品目は金沢の白イカを使ったお料理。パクチーが添えられた白イカのソテー(手前)。白イカのゲソのミンチが入ったラビオリ(左奥)、ゲソのソテー(右奥)、イカスミのソースにはほのかにクミンの香りが。

平野:めちゃくちゃおいしい。なんでクミンやパクチーを合わせようと思ったんですか?

紺野 真さん(以下、紺野):先日、金沢に行ってきて、そこで有名なお寿司屋さんに行ったんです。そこで食べた白イカがびっくりするくらいおいしくて。ゴマが振ってあってので、真似してみたんですけど、あまりうまくいかなかったんですね。何かいいアクセントはないかなと思って、いろいろ振りかけてみてクミンが合ったという感じです。クミンはあまり入れすぎず、軽くフワっと香る程度にしています。

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平野:そうなんだ。クミンの香りが「パンッ!」ってはじけて、あとからイカの甘みがじわじわきて味の広がりがすごい!

紺野:ラビオリの皮から透けて見えているのはハーブです。味にバリエーションをつけようと思ったので、ゲソのソテーはシンプルに。ニンニクとエシャロットとさっとソテーして、こしょうの変わりにバスクの唐辛子を使っています。赤ピーマンの唐辛子なのであまり辛くないんですよ。

平野:うー最高だあ!全部香りが違うから、順番に食べて、また戻ってきたら新しい気持ちで「めっちゃ、うまい!」って驚いちゃう。味の永久機関ですね(笑)。

すごいピュアだけど、クミンの香りとかでひねりがあって。ああ、おいしいな。幸せになってしまう。おいしいものを作れる人って本当に尊敬しますね。

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紺野:2品目はうさぎです。うさぎの中に、うさぎの腎臓とりんごときのことひき肉とかが入っています。ソースはマスタードソースです。付け合せはブロッコリーとアスパラとグリンピースを。

平野:いただきます。彩りもきれい。はあ、しあわせ~。

こういううさぎを使った詰め物のお料理とか、クラシックなメニューもあるのがorganの素敵なところですよね。これを作るのは大変ですか?

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紺野:結構簡単です。単純ではないけど僕、巻き物結構好きで(笑)。巻くのは予め作っていますが、ソースはアラミニッツ(その場で作る作り方)で作っています。

平野さんは普段、ビストロのようなちょっとカジュアルなお店も行かれるし、本格的なフランス料理のレストランも行かれるんですよね?

平野:はい、それぞれに魅力があってどちらも大好きです。そもそも私、フレンチが好きなんですよ。フレンチってとても複雑なお料理だし、その物語のボリュームも分厚くて壮大。だから突っ込みどころも満載っていうか、ワクワクの総量も大きいっていうか。シェフの想いから歴史的背景にいたるまで、味わいどころがたくさんあって、なにかと感動してしまう。

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最後にデザートをいただきました。パッションフルーツとバジルのシャーベット。白いのはハーブとライムのヴァシュラン。ヴァシュランとはメレンゲに生クリームを加えて冷やし固めたものだそう。ジャスミン茶をかけていただきます。

平野:何ですか!これ!夏の楽園すぎる。最高。これはなんて言う料理なんですか?

紺野:これは僕の完全な創作料理です。名前は決まってないです(笑)。

このお茶は、ジャスミン茶にお砂糖入れたものを冷やしたものです。これなら家でもできるので、それをお好きな果物にかけるだけでもおいしいですよ。うちではゆずとか柑橘を少し入れていますがなくてもいいし、マーマレードとかを入れてもいいと思います。

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平野:ああ、おいしかった。テンション上がりすぎちゃったと反省しています。

こんなにおいしいものが作れるってどういう気分なんだろうって、時々考えちゃう。おいしいものを作れる人って本当に神様だなって思うんです。

レイモンド・カーヴァーの『ささやかだけど、役にたつこと』っていうパン屋さんが出てくる短編があるんですけど、それを読むと食べ物を人のために作れるってすごい能力だなって腹の底から思うんです。「花屋にならなくてよかった、パン屋でよかった」って言うくだりなんか、本当深いんですおいしくて何言っているのか分からなくなってきた(笑)。紺野さんが、料理をやっていてよかったなと思う瞬間はどういう時ですか?

紺野:やっぱり、お客さんが「おいしい」って言ってくれた時ですよね。

平野:本当にそうなんですね!

紺野:そうですよ。そこくらいしかないんじゃないのかな。それ以外の理由が逆にあるんですかね。

平野:自分でも想像してなかったくらいおいしいものが作れた時とか。

紺野:ああ、それか。それはまったくないですね。おいしいものができても食べてくれる人がいなかったり、食べてくれる人がいても喜んでくれなかったり、喜んでくれてもそれを見ることができない場所にいるなら料理人をやっていないと思います。

飲食業のいいところって、その場で結果が見えるところですよね。僕はそう思っているし、同じように思っている料理人は多いと思います。

真剣に味わうことで気づくこと

平野さんの食事の楽しみ方とは?

平野:やっぱりちゃんと味わうということですよね。普段「食べている」と言っても食べていないことが多いと思うんです。最初「おいしい!」って思っても、「後味まで味わいきれているか?」とか。気づくと話に夢中になっていたり、ケータイ見ながら食べていたり。味わうって、本当はもっと難しいんだろうなって思うんです。さっきのお料理も食べる部分によって味が違ったじゃないですか。やっぱりその味の変化に気づくためにもちゃんと味わうって大事だなって。

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平野さんの「食」に対しての真摯な姿勢を聞いてから食事をいただいたことで、今までよりも「味わう」ということに集中できた気がしました。食事をとことん味わえば、こんなにもしあわせな気分になれるんだ!と、帰り道は浮足立ってフワフワした気分に。

「おいしい料理を提供したいだけ」という紺野さんと「ごはんの前だけでは正直でいたい」と言う平野さん。真剣に食べ物と向き合い作られる料理を食べる以上、食べる側も真剣になるべきなんだと改めて感じました。

料理に真剣に向き合い、物語を想像し、ちゃんと味わう。そうやって「食べる」を楽しむことができると、こんなにもしあわせな気分になれるんだとは!「おいしい」だけじゃない、「食べる」楽しみを知ることができたような気がします。

  • ■お店情報
  • organ (オルガン)
  • 住所:東京都杉並区西荻南2-19-12(地図
  • 電話:03-5941-5388
  • 営業時間:17:0024:00(L.O.23:00)
  • 定休日:月曜日、第四火曜日
  • Instagram:@organ_tokyo

 

※取材当時の内容となります。
※最新情報はお店のHP,Instagramをご確認ください。

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