ユニークなモチーフの刺繍アクセサリーの制作をはじめ、刺繍を使った広告や本の装丁、刺繍教室など、さまざまな分野で活躍する刺繍作家・小林モー子さん。パリの刺繍学校でのお話や、オートクチュール刺繍の魅力についてなど、モー子さんのアトリエ『maison des perles(メゾン・デ・ペルル)』にお邪魔して、お話を伺いました。
戌年のオートクチュール刺繍
オートクチュール刺繍との出会い
—服飾の学校で勉強されていたというモー子さん、いつから刺繍に興味を持ったのでしょうか?
小林モー子さん(以下、敬称略):小さい頃からものづくりが好きだったこともあり、文化服装学院に入って洋服を作るためのさまざまな勉強をしていました。学校で洋服づくりを学ぶなか、1999年に渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催された「パリ・モードの舞台裏」という展覧会を見て、オートクチュール刺繍に興味がわいたんです。
—刺繍のどんなところに興味がわいたのですか?
小林:その展示会以前も、個人的に刺繍をしていましたし、学校でもひと通り勉強しているから、作品を見れば「これはこうやって作っているんだな」と大体わかるんですよ。でも、展示されていた『Lesage(ルサージュ)』というアトリエの刺繍を見たときに「一体どうやって作っているんだろう?」と、その仕組みが全くわかりませんでした。「全然わからない、すごい!」と、そこからすごく刺繍の世界に興味を持ち始めたんです。調べてみると、パリにアトリエがあることがわかったので、仕事をしながらお金を貯めて、パリの学校に行きました。
『ルサージュ』で1年ほど学んだ後も、しばらくパリに残って仕事をしていました。ウェディングのアトリエで刺繍を担当したり、『Servane Gaxotte(セルバンギャゾット)』というジュエリーの会社の刺繍をしたり、コレクションラインのお洋服のお直し担当をしたり…。かれこれ7年間パリで暮らしていました。
—パリの学校ではどんなことを勉強するのですか?
小林:基本的なかぎ針を使った刺繍の技術を学びました。本当にさまざまなテクニックがあるので、まずは道具に慣れるために、そのひとつひとつのテクニックをひたすらやっていったりしましたね。刺繍する生地は、透け感のあるものやキャンバス地など、どんな種類でもいいんです。木枠に生地を貼って、刺繍をしていきます。
1粒ずつビーズと糸をすくうように刺繍していきます(写真は裏面)
—生地の種類もさまざまなんですね!
小林:インド刺繍や中国刺繍、フランス刺繍に日本刺繍と、世界中にいろんな刺繍があるんですよね。その中でもオートクチュール刺繍のおもしろいところは、自由に進化していいというところなんです。
モー子さんの刺繍教室で制作された作品の数々。ラフィアや革などいろんな素材を使っています
—進化というと?
小林:オートクチュールの刺繍は、材料もさまざまですし、木に穴を開けて生地に刺してもいい。そんな自由な部分が、すごくおもしろいところです。もちろん基本となるテクニックが土台としてあるんですけど、使う生地や素材は本当にさまざま。
例えば、デザイナーさんから「髪の毛のヘアネットで刺繍してほしい」、「ビニール袋に刺繍してほしい」というオーダーがあると、職人たちはそれをどうやって形にするか、どうやって実現させるかを考えるから、刺繍自体の技術も素材もどんどん進化していくんです。
ビーズ刺繍で描く「瞬間を捉えた」モチーフ
—モー子さんの作品はモチーフがとてもユニークですよね。オートクチュール刺繍の「自由に進化していける」という部分とも通じるところがあるのでしょうか?
小林:いわゆる“刺繍”と聞くと、なんだかクラシックなイメージがありますよね?それに、オートクチュール刺繍の技法を用いて洋服やドレスをつくると、すごい金額になってしまうので、なかなか一般の人の手には届かない…。そこで、その技術を使って、アクセサリーなどの何か違う身近なものを作ってみようと思ったんです。なおかつ、「刺繍のイメージとは外れたもの」を作ってみたいなと。
そんなとき、パリで出会った画家の大月雄二郎さんと一緒に作品を作ることになって。彼の絵を私が刺繍にして描いていくことになったんです。大月さんとのコラボ作品を作っていくという経験を経て、自分の作品ではまずアクセサリー(飾り)を作ってみようと考えるようになりました。ブローチなどのアクセサリーは、今では500種類くらいあります。スタッフみんなでひとつひとつ手作業で作っています。
—ひとつずつ手作業で制作しているとのことですが、どのように制作されているのでしょうか?
小林:スタッフみんなでそれぞれが割り振られたモチーフを一気に刺繍していきます。できあがったら、動物などの顔や表情、骨格のラインが違わないか、ビーズが抜けていないかなど、すべてのモチーフをひとつずつ全員でチェックして直していきます。そのあと、裏の加工をしたり、揺れ動くパーツを付けたりするなどもすべてスタッフの手作業で行っています。
ーモチーフは500種類もあるとのことですが、デザインはすべてモー子さんが考えているそうですが、なにかコンセプトやテーマを決めているのでしょうか?
小林:うーん、アイデア探しは特にしていないのですが、母の日やクリスマスなどのイベントに合わせて新作を考えています。ポップアップショップなどの出店のタイミングに合わせて新作が登場することが多いです。あとはシリーズで出していくこともあるかな。「豚に真珠」や「猿も木から落ちる」といった作品も「ことわざシリーズ」となっています。こちらもとても人気です(笑)。
小林:もうひとつ意識しているのは「瞬間を捉える」ということです。雲から雫がぶらぶらしていたり、チューブから絵の具が飛び出していたり、動物の足が動くようになっていたり、その瞬間を思って作っています。
—たしかにモー子さんの作品を見ていると、思わずその瞬間の物語を想像してしまいます。モー子さんが作るアクセサリーはすべてビーズの刺繍ですが、何か理由があるのでしょうか?
小林:基本的に『ルサージュ』で学ぶ刺繍は、ビーズやスパンコール、羽、革などいろんな材料を使います。私も、アクセサリーを作り始めたときは、たくさんの技術を習ったので、1つの作品にさまざまな技術、材料を入れていました。
でも刺繍の技術を見せたいわけではなくて、その作品自体のモチーフが命だと思ったんですよね。そのモチーフを見せるために、今度はいろんなものをそぎ落としていき、さまざまな材料を使うことをやめてすべてガラスビーズにしたんです。いいものにこだわりたいなと思い、基本的にすべてヴィンテージビーズを使用にしています。
ヴィンテージビーズのお話
1930年代のビーズ
—パリにはよく行かれるのでしょうか?
小林:今は、材料の買い付けで年に2回ほど。蚤の市には必ず顔を出して、出店しているおじさんたちに忘れられないようにしています(笑)。
現在ではフランスでビーズを作っていないので、フランス在住中はビーズを探しに毎週蚤の市に出かけていました。顔見知りになったおじさんがビーズを見つけてきてくれたり、情報をくれたりすることも(笑)。ビーズは作られた年代によって大きさが違うんですよ。1930年代のビーズは本当に小さいんです。
年代によってすごい大量に同じ色が見つかるときもあるし、少ししかない色もある。持っている色も本当にさまざまで、今は300〜400種類くらい持っています。毎回70キロくらいを買い付けて帰ってくるのですが、ガラスなのでけっこう重いんです(笑)。
リーガルの広告で使用したオックスフォードシューズの刺繍
—70キロ!
小林:そうなんです。ヴィンテージビーズ、チェコ製のビーズ、現代のビーズなど合わせるとそのくらいの量なります(笑)。
ビーズは絵の具と違って混ぜて色を作ることができないので、どれだけ色を多く持っているかが勝負になってきます。以前、雑誌のお仕事で、リーガルのウィングチップを刺繍したときは、立体感や質感をグラデーションで表現しました。
—たしかに色を調整したり考えるのが大変そうですね。
tomate(トマト)やvin(ワイン)など、食にまつわるネーミングがかわいい「TOHO×MOKOビーズ 24色ボックス」
小林:日本ではオートクチュール刺繍のビーズがなかなか手に入らなかったりもするので、最近は、オリジナルのキットやビーズも作って販売しています。「MOKOビーズ」は、日本で作っている糸通しビーズです。ビーズの形は、ただの丸ではなく、表面にカットを入れることで光るようにしています。色から一緒に考えて、箱もすべてデザインしているオリジナルのビーズです。イベントなどによってはヴィンテージのビーズも一部販売していて、今年から材料もWEBショップでも展開していきたいなと思っています。
「いろんなことがあって、だからおもしろい」パリで暮らしてみて
—フランスで7年間生活されて、モー子さんお気に入りのお店があれば教えてください。
小林:蚤の市はもちろんですし、お気に入りのお店も食べ物屋さんもたくさんあります!たまに友達にはこっそり教えるんですけど…言いたくないなあ〜(笑)。
—教えたくないほどお気に入りなんですね(笑)。では、実際に暮らしてみていかがでしたか?
小林:フランスも日本も、いいところもあれば大変なところもあるんですよね。日本は安全で過ごしやすくて、なんでもあって便利だけど、そうじゃない部分もある。フランスでは、外国人として生活しているから大変な部分や嫌な思いをすることもある。でもだからこそ、違う文化を体験して楽しいと思ったり、外国人の友達ができたり、逆に「日本人のこういうところがダメだよね」なんて気づく部分があったり。
例えばお家に呼ばれたときに「何飲む?」と聞かれると、日本人は「みんなと一緒でいいよ」とか「みんなは何飲むの?」と答えますよね。でも、フランス人からしたら「あなたが何を飲みたいのか聞いているのに、どうして答えないの?」と。私もそれで注意されたことがありました。
—たしかに、遠慮してつい言ってしまいます…。
小林:生活していたら、そういう文化の違いを感じることは多いし、意地悪されたりすることもあるし、いろんなことがたくさんありますよね(笑)。でもきっとそういう珍道中があるからおもしろいんですよ。きっと絶対に忘れないし、人に話せるネタにもなるから。だからいいんじゃないかな?
—そうかもしれませんね。大変な思いもするけれど、やっぱりまた行きたくなるというか。
小林:日本とパリ、どっちにも家があって行ったり来たりする生活がいいんだと思う。フランスにずっといたら日本食が食べたくなるし、日本にいるとフランスに行きたくなる。結局どっちとも言えないですよね(笑)。
これから挑戦してみたいこと
アトリエ『maison des perles(メゾン・デ・ペルル)』
—アトリエでは刺繍教室も開催されているそうですね。
小林:刺繍教室は何回か通ってもらうものなのですが、気軽に体験できるコースはないですか?という声も多かったので、去年からオートクチュール刺繍を体験できるワークショップ(1回3時間ほど)も始めました。この技術は本当に難しくて、1日で完璧にマスターできるものではないんですけど、「実際に触って体験する」というのがすごくよかったなと思いました!
もともと器用な方でもやってみたら難しかったり、始めてみたらはまっちゃったという方もいたり。ワークショップで体験してみることで、気づくことってあるんだなって思いました。
—私も刺繍始めてみたくなりました!今年の6月には本も出版されるそうですが、どんな本なのでしょう?
小林:そうなんです。刺繍のやり方の本ではなく、『メゾン・デ・ペルル』についての本です。私たちは、スタッフみんなでビーズなどの材料の買い付けからデザイン、刺繍作品の制作、撮影、販売…と、すべてを自分たちで行っています。カタログに登場するモデルもスタッフや家族なんです(笑)。なので今までの作品はもちろん、私たちがどんな風に仕事をしているのかなども紹介する予定です。
—最後に、今後やってみたいことや挑戦したいことがあれば教えて下さい。
小林:これはずっと考えているんですけど…、点字の本をビーズで作ってみたいです。点字じゃなくても、木や花などのモチーフを刺繍で立体的に作って、それを触って実際にわかるのかな?というのも知りたいなと思っています。渋谷の松濤に『Gallery TOM(ギャラリートム)*』という障害者の方が実際に触って楽しめる美術館があるんですけど、そういう場所にも展示してみたいですね。
あとは、刺繍でお相撲さんの化粧まわしを作りたい!「どうしてお相撲さんは腰に絵をつけているんだろう? 不思議だな〜」と前から気になっていて(笑)。もともと日本刺繍を使って作られているので、“刺繍”という面では一緒ですし、ビーズでギラギラさせてもいいんじゃないかなって思います!
* Gallery TOM …1984年に「視覚障害者のための手で見るギャラリー」として開設された私設美術館
モー子さん、素敵なお話ありがとうございました!
- ■maison des perles(メゾン・デ・ペルル)
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