直木賞と本屋大賞を史上初めてダブル受賞し、話題にもなった小説「蜜蜂と遠雷」。国際ピアノコンクールを舞台に描かれた本作が映画化され10月4日より公開となります。
原作者の恩田陸さんに、映画について、また日々の音楽との関わり方や、作家として「書くこと」への向き合い方について伺いました。
恩田陸(おんだ りく)
1964年、宮城県生まれ。1992年、「六番目の小夜子」でデビュー。その後もホラー、SF、ミステリーなどさまざまなジャンルで才能を発揮する。「夜のピクニック」で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、「ユージニア」で日本推理作家協会賞、「中庭の出来事」で山本周五郎賞を受賞。「蜜蜂と遠雷」で直木賞と二度目の本屋大賞を受賞した。
映画化について「出来上がるまでは常に緊張」
―多彩な言葉で音楽の素晴らしさと苦しさを描かれた原作と対照的に、映画ではモノローグが一切なく、役者の表情や息遣いなどの演技で感情を豊かに表現していました。完成後の映画をご覧になっていかがでしたか?
恩田陸さん(以下、敬称略):「2時間におさめて凄いな」という気持ちです(笑)。映画化が決まった時は「どのみち全部は入らないと思うし、前後編だけはやめてください」とだけお願いして、あとは監督にお任せしました。劇中の表現やピアノの演奏についても特にリクエストはしませんでしたが、亜夜(松岡茉優)のピアノ演奏を担当してくださったピアニストの河村尚子さんの出演は嬉しかったですね。
これまでも映画化していただいた作品がありますが、映像化については、原作とまったく別物だと思って観ています。それでも、完成した映像を観るまではいつも緊張しますけどね。
―主人公・亜夜の友人・奏のように映画では登場しなかったキャラクター、また映画オリジナルで登場したキャラクターもいました。原作と対比させながら観るのも楽しかったです。
恩田:映画で登場しなかった奏というキャラクターは、実は物語のキーパーソンでもあって、亜夜たちとはまた別の才能の持ち主でもあります。監督は、「奏の要素を明石(松坂桃李)や亜夜たちなど、登場人物に振り分けた」とおっしゃっていて、出来上がった映画を観て「なるほどな」と感じましたね。
「才能とは何か」を考え続けた執筆期間
―「才能」同士が影響し合うことで、各々が音楽に向き合い成長していく姿や、心の変化が印象的でした。恩田さんにとって「才能」とはどのようなものでしょうか。
恩田:書き終えた今でも考えさせられますね。本作を書き上げる前に約11年間の取材期間として、実際のピアノコンクールにも足を運ばせていただきましたが、コンクールで目立たなくてもどんどん伸びていく人もいれば、その時は本選に残れなくても、別のコンクールで上がってくることもありますし、誰かが何かを補完する形で才能を発揮する人もいる…。「才能ってなんなんだろう」ということは、書きながらずっと考えていました。今でも一口には言えないものだと思っています。わからないからこそ面白いのかもしれませんね。
―実際のコンクールで感じたものが、最後に発表される順位などにも反映されているのでしょうか。
恩田:取材した「浜松国際ピアノコンクール」では「聴衆賞」も設けていて、テクニックはもちろんのこと、「人気がある音楽かどうか」も影響してくる。さらに審査員はピアニストとしての「将来性」も見ているんですね。この先、どのくらいの大きさのピアニストになるのかというのも含めて、さまざまな面を考慮して順位をつけているんです。
登場人物の順位については「これが順当だろう」と思ってつけましたが、最後まで迷っていて、順位をつけないで終わろうかと思ったくらいです(笑)。
音楽との関わり方と、書くことへの向き合い方
―恩田さんご自身も小さな頃からピアノを弾き、大学時代はビッグバンドサークルでアルトサックスを演奏されていたそうですね。現在はどのように音楽を楽しんでいますか?
恩田:日常的に、クラシックやジャズを聞いています。時々コンサートやライブに行くこともありますね。
子どもの頃から音楽は身近な存在でしたが、今回ほど真剣に音楽に向き合ったことはなかったように思います。コンクールでの取材時にコンテスタントたちの演奏を聴いて、「同じ曲でも弾く人によってこんなに音に違いがあるんだな」と感じたり、作中の選曲に頭を悩ませたり。作品を作るために音楽をCDで聴いて、改めて「音楽って不思議、おもしろい」と実感しました。
―さまざまな苦悩とともに自分の音楽に向き合う4人の登場人物ですが、恩田さんは小説家というお仕事の中でどんな時に苦しみや辛さ、また喜びを感じますか?
恩田:常に苦しいんですよ(笑)。私、スランプってないんです。スランプがあるってことは、「良いときがある」ということ。書いているときは常に苦しい。
原稿に向き合っているとき以外もインプットし続けていて、四六時中「何かに使えないかな」と考えているし、新聞や雑誌の記事でおもしろいと感じたものは作品で使ったりもします。いざ書くとなったときに、それまでの蓄積を「絞り出している」感じですかね(笑)。そして書き終わった瞬間だけ、一瞬の開放感を得られるんです。
―そうなんですね!原作の小説では、まるで音楽が聞こえてくるような美しい表現に魅了されました。目で見ることのできない音楽というものを文章で表現するとき意識したことはありますか?
恩田:今作は小説でできないことをやろうと思って書きました。音楽を説明するときに、なるべく専門用語を使わない、音楽に詳しくない人でもわかるようにしようということを心がけていました。
―なるほど。他の作品も通して、小説を執筆するときに意識していたことはなんですか?
恩田:小説を書くときは「子どもの頃の自分が読んでもがっかりしないもの」をモチベーションにしています。
―学生の頃からものすごい読書量だと伺いました。普段はどのような本を読むんですか?
恩田:なんでも読みます。ノンフィクションも読みますし、ビジネス本や新書も読みます。もちろん小説や漫画も好き。読んでいる作品からインスピレーションを得ることもあるし、「私もがんばろう」って励まされることもあります。読書は私にとって「逃避」でもある。今も平均すると1日1冊は読んでいます。
―今後書いてみたいテーマやストーリーはどのようなものがありますか?
恩田:1人の主人公の子どもや孫…何世代かにまたがるような話を書いてみたいですね。「つながり」をテーマにどういう風に引き継がれていくのか描いてみたいと思っています。
―ぜひ読んでみたいです!これから映画を見るファンにメッセージをお願いします。
恩田:原作を読んでいなくても、読んでいても楽しめる作品です。素晴らしいピアニスト4人の演奏が聞ける貴重な体験になると思います。ぜひ映画館でご覧になってください。
恩田陸さん、どうもありがとうございました!
- ■作品情報
- 映画『蜜蜂と遠雷』
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- あらすじ:若手ピアニストの登竜門として注目される芳ヶ江国際ピアノコンクール。かつて天才少女として脚光を浴びた栄伝亜夜(松岡茉優)は、再起をかけてそのコンクールに挑む。そこで出会う才能溢れる3人のコンテスタント。夢を諦めず年齢制限ギリギリでの出場を果たしたサラリーマン奏者・高島明石(松坂桃李)、幼少期に亜夜とともにピアノを学び、アメリカの名門・ジュリアード音楽院に在学するマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、そして突如として現れた謎の少年・風間塵(鈴鹿央士)。それぞれの存在が互いに刺激し合う中、亜夜は自分の音楽と向き合うことになる。
- 出演:松岡茉優/松坂桃李/森崎ウィン/鈴鹿央士(新人)
- 監督・脚本・編集:石川慶
- 原作:恩田陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎文庫)
- 配給:東宝 製作プロダクション:東宝映画
- ©2019 映画「蜜蜂と遠雷」製作委員会
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- 10月4日(金)全国公開
- 公式HP:https://mitsubachi-enrai-movie.jp/
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