突然の悲劇によって大切な人を失い、一変してしまった幸せな日常。時に涙し迷いながらも、互いに寄り添い、たくましく前を向く青年と少女を描いたフランス映画『アマンダと僕』。2018年、第31回東京国際映画祭で最高賞の東京グランプリと最優秀脚本賞をダブル受賞し、6月22日より公開となった今年度話題の作品です。
来日された監督・脚本のミカエル・アースさんと、主演のヴァンサン・ラコストさんのインタビューとともに、本作をご紹介します。
【あらすじ】
便利屋業を営むダヴィッドと、英語教師として高校で働くサンドリーヌはパリに住む仲の良い姉弟。サンドリーヌはシングルマザーとして、ダヴィッドの手助けを得ながら、一人娘のアマンダと忙しくも幸福な日々を送っていた。しかしその日常は突然訪れたサンドリーヌの死によって一変することに。愛する母親を失ったアマンダと、戸惑いながらも姪の世話を引き受けることとなったダヴィッド。消えない悲しみを抱えながら、それでもたくましく生きようとする二人の姿を描いた感動のヒューマンストーリー。
青年と少女、2つの視点から観光地ではない「パリ」を垣間見る
小学校の門で迎えを待つアマンダと、仕事を終え、慌ただしくアマンダを迎えに走るダヴィッドの姿から物語は始まります。本作では7歳の少女と24歳の青年を取り巻く生活模様がリアルに描かれており、私たちが憧れる「観光地のパリ」とは違う、フランス人にとっての「日常のパリ」を見ることができます。
今回の映画の舞台となったのはパリ東部に位置する11区と12区。12区はヴァンセンヌの森が近いこともあり、ファミリーに人気の住宅街です。ミカエルは以前このエリアに住んでいた経験があり、ヴァンサンは現在も11区に住んでいるということで、二人にとって馴染み深い場所での撮影だったそうです。
「物語を通して、現代のパリの姿を見てもらおうという思いがありました。撮影の舞台となった地区は、パリの中でもさまざまな人が共存している大衆的な街です。残念ながら最近では人種や文化の混じり合う生活スタイルが薄まり、階層の低い人たちがパリの外へと押しやられている現状にあります。『学生の街』『ブルジョワの街』というように境地的な意味合いのない街が、私はパリらしいと思っています」とミカエルさん。
ギアなしの自転車をこぎながらパリの街中を駆け抜けるサンドリーヌと、それをからかいながら並走するダヴィッド。「新しい習慣」として1日おきにシュークリームを買いに行くアマンダや、アパルトマンの光差し込む窓のそばで陽気に踊る母娘の姿から感じるのは「日常の中のささやかな幸福」。毎日同じルーチンの中でもそれを楽しむ術を知っているフランス人の姿は、私たちの目にはやっぱりどこか魅力的に映るでしょう。
しかしその一方、ダヴィッドが枝打ちの仕事をするすぐそばの道端で、テントを張って路上生活をする人々の姿や、サンドリーヌの死の原因となった銃撃事件の後、街中に銃を抱えた警察官が歩く様子など、どこか陰鬱とした部分もリアルに描かれています。その描写はパリの難民問題やテロの傷跡を彷彿とさせ、パリに生きる人々の「今」を私たちに伝えてきます。
アマンダを演じたイゾールの脆くも強い、みずみずしい演技に心打たれる
姉の死によって突然姪の面倒を見ることになり、戸惑いと不安を隠しきれないダヴィッド。
「24歳のダヴィッドにとって、アマンダの父親代わりになるという気持ちの切り替えは簡単なことではない。だからと言って姪っ子を放ってもおけない」それが物語を通して表現したかったダヴィッドの複雑な心模様だったと話すヴァンサンさん。
そんなダヴィッドに、幼いながらも寄り添い、懸命に現実を受け止めようとする演技で高い評価を得たのが、今回アマンダ役に抜擢されたイゾール・ミュルトリエ。本作でスクリーンデビューを果たした彼女は、「奇跡の新星」と呼ばれ今後の期待を集めています。
彼女が演じるアマンダの瞳や表情からは、無垢な少女としての儚さや危うさと同時に、女性としての強さをも感じとることができます。
体育教室から出てきたイゾールに声をかけたというミカエルさん。イゾールについて、「少女の幼さと大人の成熟さの両面を持っていることに魅力を感じた」と話します。
「アマンダはシングルマザーに育てられた少女という設定だったので、精神面での成熟さが必要だと考えました。そういう意味でイゾールは適役でしたね。彼女は、幼いながら賢く、この映画で何を描きたいのかをしっかり理解してくれていたんです。出演者含め、現場のスタッフはイゾールが思い切り感情を表現できるための環境づくりに徹していました」。
母の死を知らされた後も、取り乱すことなく気丈に振る舞い続けるアマンダ。幼いながらにも現実と向き合おうとする姿は、健気で切なく私たちの胸を打ちます。そんなアマンダが時折見せる涙は、こらえきれなくなった感情がふわりと溢れ出たかのよう。
演技経験のないイゾールの素直な表現だからこそ、スクリーン越しにも関わらず、見るものの心にダイレクトに訴えかけてくるのです。
葛藤を経て強まる2人の絆と、希望を予感させるラストシーン
ある晩、自室のベッドで泣きじゃくるアマンダに「大丈夫、僕がいるよ」と優しく手を取るダヴィッド。「一緒にいて、お互い耐えられそう?」の問いに、笑顔で「今に分かるわ」と大人びた笑顔を見せるアマンダ。
2人が抱える不安と葛藤を互いに受け止め、悲しみから立ち直ろうとする様子が物語の随所で描かれます。現実と向き合おうとする2人はいつしか「叔父と姪」から「家族」へと絆を深めていくのです。
「ウィンブルドンの観客席で、アマンダとダヴィッドの隣にぽつんとある空席は、サンドリーヌが座るはずだった場所。『もう彼女はいない』ということを2人に強く認識させると同時に、『これからは共に生きていこう』とダヴィッドとアマンダの気持ちが具体的に前を向いたシーンでもあります」。ヴァンサンさんはウィンブルドンでのシーンをこう振り返ります。
2人に訪れる感動のラストシーンには、私たちの心にも一筋の光が差し込んでくるかのような、希望を予感させてくれることでしょう。
私たちの身近にも起こりうる悲劇と、愛する人との別れ。しかし人は決して1人じゃない。悲しみを抱えたまま、それでも誰かの支えによって乗り越え、立ち直ることができるんだと、勇気と希望を与えてくれる作品です。
- ■作品情報
- 映画『アマンダと僕』
- 出演:ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、ステイシー・マーティン、オフェリア・コルブ、マリアンヌ・バスレー、ジョナタン・コーエン、グレタ・スカッキ
- 監督・脚本:ミカエル・アース
- 音楽:アントン・サンコ
- 2018年/フランス/107分
- 配給:ビターズ・エンド
- ©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
- シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中!
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