日本のパン発祥の地として知られる横浜。そんな横浜にある食パン発祥のお店である元町『ウチキパン』は、以前 PARIS magでもご紹介させていただいたお店でもあります。
この度、横浜の魅力を発信するショートフィルムプロジェクトとして、『ウチキパン』がモデルとなった映画『一粒の麦』が制作されたと聞き、監督の鈴木勉さんにお話を伺いました。
鈴木 勉(すずき べん)
東京都出身。映像ディレクター。ミュージックビデオ、CM、webムービーなど、ジャンルを問わず様々な映像を手掛ける。
2008年、ショートフィルム『胡同の一日』が、アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル& アジア」で、日本人として映画祭史上初のグランプリを受賞。その後も年に1本のペースでショートフィルムを監督し、仏「クレルモン=フェラン国際短編映画祭」を始め、30を超える国際映画祭に招待・上映されている。2013年にはタンザニアにおける交通安全啓蒙を目的とした「アフリカANZENプロジェクト」に参加。プロジェクト普及のために制作したミュージックビデオは、タンザニアの交通事故を前年比20%削減する原動力となったほか、ネバダ国際映画祭でプラチナアワードを受賞した。現在、2度目のオリンピックを前に変わろうとする銀座の街と人を描いたドキュメンタリー長編映画の製作準備中(2017年公開予定)。
毎年6月に東京・表参道で開催されるショートショート フィルムフェスティバル & アジア(以下、SSFF & ASIA)は、米国アカデミー賞公認のアジア最大級の国際短編映画祭です。このSSFF & ASIAと、環境未来都市に制定されている横浜市が共同で製作したショートフィルムが『一粒の麦』です。
ちなみに、ショートフィルムとは、明確に時間は定められていないものの作品時間が30分以内の映画。日本ではまだあまり知られていませんが、欧米ではショートフィルム自体が商業として確立されているのだそうです。
【あらすじ】
横浜の歴史あるパン屋に、突然やって来たフランスのパン職人、絵里子(シャーロット・ケイト・フォックス)。「このパン、泣いてる」と店主の本多(柄本明)に詰め寄る。年老いて頑固な本多と自由奔放な絵里子は相容れない。反発しながらも、パン作りを通して少しずつお互いを認め合うふたり。そして「日本で最初のパンのレシピ」を探すという、絵里子が横浜を訪れた真の目的は、ふたりの人生を思わぬ方向へと導いていく。時間と国境を越えた、横浜ならではの物語がここに。
横浜でしか成立しない物語を
—今回の『一粒の麦』の制作の経緯を教えてください。
鈴木勉監督(以下、鈴木監督):SSFF & ASIAと横浜市が共同でショートフィルムを作るということで、お話をいただいたのがきっかけです。「横浜の魅力を伝えるショートフィルムを作りたい」ということだったので、まずは物語を考えるところから始まりました。いくつかストーリーを提案した中で、横浜市の方に選んでいただいたのがこのお話だったんです。
—ストーリーはどのようにして考えられたのでしょうか?
鈴木監督:はじめは「横浜には一体何があるのだろう?」ところから、インターネットでいろいろと調べました。地理的な話や歴史的なこと、産業に名産物などとにかく調べましたね。だから今、すごく横浜に詳しいです(笑)。調べていく中で、「あ!パンって横浜発祥なんだ!」ということを知ったんです。
それと同時に、横浜を舞台にした物語なのだから横浜でしか作れないものにしないと意味がないなと思ったんです。たとえばどんなに素敵な恋愛ストーリーだったとしても、それが仙台でも札幌でも成り立ってしまうのでは意味がないし、そうではなく「横浜じゃないと成立しない物語」にしたいと思っていました。そこで、横浜にある横浜で生まれた最初のパン屋が軸になってくると思い、テーマにしました。
—たしかに、横浜でないとできない物語ですね。現在すごく横浜に詳しいとのことですが、鈴木監督にとって横浜はどんな街なのでしょう?
鈴木監督:僕はもともと横浜が大好きで、このお話をいただく前から月に1、2度は必ず横浜に行っていました。たとえば、脚本を書くにしても街中のカフェでやるより、海が見えるところで書けたら気持ちいいじゃないですか。桜木町とかその辺りのカフェで書くこともよくあります。それに中学から大学まで横浜市の学校だったので、すごくなじみがある街ですね。
—そうだったのですね。私も海や港のイメージがあります。なので、今回の映画に小麦畑が登場していて驚きました!
鈴木監督:小麦畑は、僕も知らなかったんです。それが逆に驚きになって映画に使いたいと思いました。
「最初のパンってなんだったんだろう?」と考えていろいろ調べていく中で、日本の小麦はもともとパンには向いていなかったということを知りました。品種改良を重ねた結果、最近では国産でもパンに向いているいい小麦ができてきたそうですが、昔はほとんどがアメリカから輸入されていた「メリケン粉」だったみたいなんです。でも、「うどん粉」と呼ばれていた日本の小麦粉でもパンを作っていたという話を耳にして。それなら、横浜で作っている小麦もパンに使われていたんじゃないかな?という想像から物語を作っていきました。
パンが泣いている、笑っている
—「パンが泣いている」という絵里子の言葉にまず心をつかまれました。これまで、私たちもパン屋さんから「パンは生き物だから」という話をよく聞いていたのですごくしっくりきました。監督のなかで、この感覚はどうやって生まれたのでしょうか?
鈴木監督:夜中にふと思いついたんです、ひらめいたというか(笑)。
表現したいことがあるとき、それをどう違う表現で見せるかっていうのが映画のおもしろさだと思うんです。どんな映画でもだいたいストーリーって同じようなもので、男女が出会って、喧嘩して、やがて恋をするというセオリーがあるんですよね。その中でセリフや演出で見せ方を変えるんですが、パンの魅力やおいしさを伝えるのに「このパンは固い!」とか「おいしくない」じゃなくて、別の表現ってないかなって思っているときに、「そうだ!笑ってる、泣いてるってどうだろう?」って思ったんです。
—なるほど。
鈴木監督:たまたま最近いろんなジャンルの職人さんを取材する機会があったんです。そうすると、例えば家具職人さんが「木が呼吸している」とか、無機物なのに生きているかのようなお話をよくされるんですよね。テーラー(紳士服の仕立て屋)さんも「その日の天候によって機嫌がいいときと悪いときがあるんだよね」とか。そういったお話がどこかに残っていて、その言葉につながっていたのかなっていう気がしました。
ふたりのリアルな空気感や距離感の変化
—パン作りを楽しむ絵里子と、パン作りは仕事だという三十郎。異なる考えでパンを作っていたふたりでしたが、横浜の風を感じてお互いの距離が少しずつ変化するシーンがとても印象に残っています。
鈴木監督:今回のキャストである柄本さんとシャーロットさんは初顔合わせだったんですよね。ショートフィルムは長編の映画と違い、事前に読み合わせをするわけではないので、お互いがどんな役を作ってくるのかっていうのはぶっつけ本番なんですよ。
—そうなんですか!
鈴木監督:もちろん僕も現場で「もっとこうしてみよう!」とか話しますけど、最初の1発目はすごく緊張感を持っていたのだろうなと思いますね。そういう意味では、港に出ていくシーンのあたりで、リアルにふたりが打ち解けたというか。撮影場所もパン屋から港に変った転換点だったこともあり、そこでふっと空気が和んだなというのは撮っている僕も感じていました。だから、そのふたりの実際の表情や空気感の変わったところをしっかりと見てもらえると、楽しいかなという気がします。
—作品の冒頭で、「異なる文化が触れ合い、新しい何かが生まれる場所」として登場する横浜は、伝統を受け継ぐだけではなく「俺は自分のパンを作るつもりだ」という本田三十郎の生き方に通じるところがあるのでしょうか?
鈴木監督:するどいですね!(笑)。頭にわざわざ「異なる文化が触れ合い」という言葉を入れたのには、実はそういう意味もありました。特に3代目の職人さんが店を継ぐとなると、同じ毎日を繰り返さなくちゃいけないとか、常に同じ味を作り続けなきゃいけないって、どちらかというと殻に閉じこもる感じになると思うんです。
でも、まさに異なる文化や意識を持った絵里子と出会うことで、彼は新しいものを生み出していくんです。横浜の街はもちろん変化していくのだけれど、異なる文化に心を開くと人も変わっていけるんだよという、そういうメッセージもあります。
—ちなみに、鈴木監督にとってパンはどんな存在ですか?
鈴木監督:実は、僕、毎朝パンを食べているんです。もう10年くらいになるかな。それまではごはんと納豆とかを食べていたんですけど、ある時期からバゲットを買って食べるようになりました。買った日はそのまま食べて、フライパンでパンを焼くのが好きなので、次の日はちょっと水を吹いてから焼いたりとか、オリーブオイルをつけて焼いたりとかその日の気分で。
—いろいろアレンジされているんですね!
鈴木監督:はい。ごはんって炊きたてがおいしいけど、2日目、3日目ってそんなには食べないじゃないですか。パンだとおいしい食べ方で食べれば1週間たっていてもおいしいんです。「あのおいしいパンがあるから、明日はそれ食べよう」って思えるとちょっとうれしかったりしますよね。生活の中に常にあるとうれしい、そんな存在かもしれないですね。
ひとりひとり、テーマを見つけてもらえたら
—私自身、ショートフィルムはあまり観たことがありませんでした。今回の映画を観て、ほどよい余韻が心地よく、ショートフィルムのおもしろさを知ることができました。鈴木監督が思う、ショートフィルムの魅力はどんなところでしょうか?
鈴木監督:うれしいですね。時間だったり、セリフだったり、登場人物だったり、短編ってとにかくいろんなものが足りないんですよね。でも足りないからこそ想像できる部分がいっぱいあると思うんです。
長編はみんなが起承転結をしっかり追っていって、そこで感動するものなので、観た人が100人いたら100人同じような受け取り方をしないとヒットしない。短編はもう少し観客に委ねる部分が大きくて、私にとってこれはバッドエンディングだけど、別の人にとってはすごくよかった結末かもしれない。でも、それでいいのかなって思うんです。
—解釈が委ねられるという自由さ、素敵ですね。
鈴木監督:これまでの僕の作品もそうなんですけど、テーマは観た人が見つけてくださいという感じにしています。特に短編映画に関しては、観る人によって解釈も変わるんです。でもその中でここがおもしろかったとか、素敵だったと思ってくれていたら、それがその人にとっての、この作品のテーマなんだと思います。
今回、皆さんに観ていただいて、もちろん横浜が素敵だなって思ってほしい。けれどそれとは別に、変わっていくひとりの男性の気持ちに共感するとか、女性の気持ちに共感するとか。それぞれのテーマを見つけてくれたらうれしいなと思いますね。
—最後に、短編、長編も含めて鈴木監督が映画作りで一番大切にしていることを教えてください。
鈴木監督:大切にしていることはいっぱいあるんですけど、ひとつ挙げるとすると自分で脚本を書くことかな。たとえば、同じ小説を3人の監督が映画化したら全然違うテイストの映画になると思うんですよ。それはその人その人で語り口が違うから。だから、自分で脚本を書かないと、そこに自分の語り口は生まれないと思っています。映画の設計図である脚本を自分で書く、それを一番基本の部分として考えています。
—なるほど。
鈴木監督:もうひとつ言うとしたら、最初の衝動を忘れないことですね。本を読んだり、ニュースを見たりして「これおもしろい!」とか「これ絶対映画にするぞ!」というときの、なぜそう思ったのかという気持ちとそのときの衝動です。自分にとって、そこが映画の核になる部分で、感覚なんですよね。ショートフィルムは、思い立ったら明日撮ることもできるし、お金もそんなにかからないのである意味好きなようにやっても文句は言われない。だからこそ、メッセージ性が強いと思います。
長編を撮り始めると短編を撮らなくなる方が多いのですが、僕個人としては、長編は長編でおもしろいし、短編は短編でおもしろいので、ずっと作ろうと思っています。
鈴木監督、素敵なお話ありがとうございました。
- ■作品情報
- タイトル:『一粒の麦』
- 監督:鈴木 勉
- 出演:シャーロット・ケイト・フォックス / 樋井明日香 / 鈴木夢奈 / シリル・コピーニ(声の出演)/ 柄本明
- 作品時間:17分59秒
- 公開先:『一粒の麦』公式サイト
- 公開:2017年2月10日(金)より WEBにて全編配信スタート
- 2017年2月16日(木)より みなとみらいブリリア ショートショート シアター「アジアプログラム」にて上映
- 2017年6月 SSFF & ASIA 2017
- ■ショートフィルム上映シアター
- みなとみらいブリリア ショートショート シアター
- ショートショート フィルムフェスティバル & アジア
- http://www.shortshorts.org/
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