全国各地の銭湯を訪れ、10年以上、その魅力を発信しつづけているフランス出身のステファニー・コロインさん。
2015年には日本銭湯文化協会公認の銭湯大使に任命され、SNSでの発信や講演会、書籍の出版など、銭湯の魅力を世界へ伝えるべく、国内外さまざまな場で活動しています。
今回は、下町情緒あふれる東京都台東区下谷に佇む築90年超の銭湯『快哉湯』を改装して誕生したカフェ『レボン快哉湯』にステファニーさんと訪れました。
この場所で、銭湯に魅了されたきっかけやフランスとの入浴文化の違いについて、お聞きします。
ステファニー・コロイン
フランス・プロバンス出身。リヨン大学在学中の2008年、立教大学に留学。2012年、日本の企業に就職し再来日。2014年、銭湯を紹介するウェブサイトを開設。2015年、日本銭湯文化協会公認の銭湯大使に任命。著書に『銭湯は、小さな美術館』『フランス女子の東京銭湯めぐり』 『銭湯~日本の風呂文化芸術』(和題)。Instagramで毎日銭湯の情報を更新している。
Instagram:https://www.instagram.com/_stephaniemelanie_/
Instagram (インテリアアカウント):https://www.instagram.com/my_tokyo_interior/
「Salut!(サリュ!)」と挨拶してくれた、初めての銭湯の思い出
ー約10年前から日本で暮らし始めたステファニーさん。来日のきっかけは?
ステファニー・コロインさん(以下、敬称略):大学の交換留学生として、来日したことがきっかけです。高校生のときから、谷崎潤一郎や川端康成など、日本の小説を読むのが好きだったので、留学先として日本を選びました。
最初は銭湯の存在をまったく知らなかったんですけど、ある日、大学の近くにある『妙法湯』に友人が連れて行ってくれて。それからどんどん銭湯にハマっていきました。
ー海外だと水着を着たまま入る浴場が多いですよね。裸になることにびっくりされるイメージがあります。
ステファニー:もちろん、裸になるのは恥ずかしかったですよ!でも、いざ入ってみると、そんなことはどうでも良くなって(笑)。あまりの湯の気持ち良さに、そんな恥ずかしさは気づいたら忘れていました。
ステファニー:あまり日本語が話せない私に対して、入り方や道具の使い方を周りの人が丁寧に教えてくれたんです。帰り際にはオーナーさんも話しかけてくれて。
「フランス語で『またね』って何て言うの?」と聞かれたので、「『Salut(サリュ)』です!」と答えたら、次来たときにそれをちゃんと覚えていてくれました。
外国人であることは関係なく、自然体な自分を歓迎してくれている感じがして、すごくうれしかったんです。私にとって『妙法湯』は、家族のような存在ですね。
銭湯は、地域に残る大切なコミュニティ
ーステファニーさんが訪れた銭湯の数は、1,000軒を超えるそうですね。なぜ、そこまで銭湯を好きになったのでしょうか?
ステファニー:まず、通い始めてすぐにわかったのは、銭湯はコミュニティであるということです。フランスでは、カフェで隣の席になった人とおしゃべりすることがよくありますが、東京では知らない人と話す機会ってほとんどないと思います。
でも、銭湯は脱衣所で挨拶をしたり、常連さんと話したり、オーナーさんが顔を覚えてくれたりと、気軽におしゃべりできるところがいいなと思っていて。もちろん、話したくない人は話さなくていい、という居心地の良さがあります。
私、この間まで新宿区にある『栄湯』という銭湯で6年間フロントをやっていたんですよ。いわゆる「番台」を。
ー銭湯好きが昂じて、ついに「番台」まで…!
ステファニー:自分も銭湯で働いてみないとわからない魅力があるだろうなと思って、知り合いのオーナーさんのところで働かせてもらいました。
そこでわかったのは、銭湯に来ることが1日の中で1番の楽しみになっている人たちがいることです。特に1人暮らしのお年寄りにとっては、常連さん同士おしゃべりする時間が、すごく大切で。
番台は、常連さんが来なかったら電話してみたり、困りごとを相談されたら「ここに相談してみるといいよ」と繋ぎ役になったりと、幅広い役割を担います。銭湯はその地域のことをよく知っているし、町の人たちのことを見守る存在なんです。
カラフルなアートと湯気が彩る異空間
ーおすすめの銭湯の楽しみ方はありますか?
ステファニー:銭湯は、基本的に午後から始まるところが多いですが、たまに朝早くから開けてくれているところがあって。仕事前に、宮づくりの高い窓から差し込む朝日を浴びながら湯に浸かる。それが本当に幸せですね。
あとは空き時間があれば、すぐ近くの銭湯を探しに行っちゃいますね。今日もこのあと、次の仕事まで銭湯に行こうかなと思っています(笑)。
ステファニー:あとは、浴場の壁画など、ぜひアート的な部分にも目を向けてもらいたいです。1軒1軒全然違うし、カラフルな世界が広がっていて、すごくきれいなんです。
私は、特に銭湯絵師の丸山清人さんの作品が大好きで。自宅のお風呂に飾る用で富士山を描いてもらいました。
銭湯に行けない日は、地方の温泉で買った入浴剤を入れて、描いてもらった「マイ富士」を眺めながら、自宅で銭湯気分を楽しんでいます(笑)。
ーご自宅に「マイ富士」まで(笑)!
ステファニー:銭湯の大きな魅力の1つは、美術館にあるような美しい絵画に触れられて、健康にも美容にもいい。しかも、値段はたったの数百円!そんな場所、他にないですよ。
番台をやっているとよくわかりますが、みなさん銭湯に入る前と入った後では表情が全然違います。最初は暗い顔をしていても、帰りには表情も明るく、顔色も良くなっていて。
デジタルデトックスにもなるし、銭湯という日常から切り離された空間で過ごすことで、気持ちがリセットされるのだと思います。
なぜフランスには入浴文化がない?
ーフランスにも温泉はあるかと思いますが、日本とはどんな違いがありますか?
ステファニー:温泉はありますが、日本のように住宅地の中にはありません。わざわざ1〜2時間車を走らせて行く場所です。
幼い頃、喘息の治療として医療用の温泉施設によく行っていました。温泉を飲んだり、鼻に入れたりとリラックスとは程遠く、全然楽しくなかったです(笑)。
フランスでは医療用、もしくはお金持ち向けの施設というイメージが強く、日本のように数百円で行けるような銭湯はありません。
家庭でもシャワーだけで、入浴する文化はほとんどないですね。日本のように「追い焚き」といったシステムもありませんし、湯船の外でシャワーを浴びられるスペースがないのが一般的です。
ーなぜ、フランスに入浴文化が根付かなかったのでしょうか?
ステファニー:歴史を遡ると、ベルサイユの時代にはフランスにも公衆浴場があったんです。しかし、その頃に感染病が流行し、「お風呂に入ると病気になる」というイメージがついてしまって。
もちろん今では科学的に否定されていますが、当時は公衆浴場が禁止され、100年もの間そのイメージが払拭されなかったんです。自分がその時代に生まれなくて、本当に良かった(笑)。
あとは、水の値段が日本よりも1.5〜2倍高いのも、フランスで入浴が普及しない理由の1つなのかなと。
タトゥーがあっても大丈夫!誰にでも開かれているのが銭湯のいいところ
ーInstagramでは英語も添えて銭湯の情報を発信されています。世界中の人からどんなメッセージが届きますか?
ステファニー:1番多いのは、「タトゥーがあっても入れますか?」という質問です。結構みなさん心配されるのですが、タトゥーがある人も入れます。
スーパー銭湯のようなプライベート施設の場合は入れないところもありますが、町の銭湯は公衆のものであって、誰にでも開かれている場所です。
外国人でも、タトゥーがあっても、妊婦さんでも、赤ちゃん連れでも、誰でもウェルカムだから、安心して足を運んでもらいたいです。室内なので、雨でも猛暑でもいつでも行ける場所です。
ーコロナ禍が落ち着いてから、観光客も増えてきています。ステファニーさんが発信を始めてから、銭湯に対する関心に変化はありましたか?
ステファニー:発信し始めた当初は「銭湯が好き」と言うと、日本人の友人にさえ「変わっているね」と言われることが多かったんです。
でも今は、ライフスタイルの一部になっていますよね。サウナブームもあり、デートや友人同士で行く人たちも増えてきているし、自分の心や体のメンテナンスとして1人で通う若者も増えています。
最近では、フリーマーケットやヨガイベントの開催など、新しい取り組みを始める銭湯もたくさんあって。いろんな楽しみ方ができるのが銭湯の魅力ですから、そういうユニークな動きをみると「最高!」って思います!
ーあらためて、ステファニーさんにとって“銭湯”とはどんな場所ですか?
ステファニー:私にとって銭湯は、「日本にいる理由」です。母国を離れて働くことは、簡単なことではありませんでした。でも、人の温かさを感じられて、落ち込んでいるときに行くと元気をもらえる銭湯があるからこそ、日本に居続けられるのだと思います。
本当に、日本の宝ですよ。意外と日本人がその魅力に気づいていなくて、むしろ海外の人のほうが興味を持っているくらい(笑)。これからも銭湯を守るために、私自身もたくさん湯に浸かりながら魅力を発信していきます。
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日本で暮らし始めたステファニーさんを、優しく迎えてくれた銭湯。その魅力は、若者や海外から、再度注目を集めています。
まずはお近くの銭湯を検索し、足を運んでみてはいかがでしょうか。脱衣所で軽く挨拶をし、湯に浸かりながらアートや人を観察してみると、また新たな魅力に気がつくかもしれません。