PARISmagが今、気になる方に会いに行き、「小さなしあわせ」のヒントを教えてもらうインタビュー企画。今回のゲストは、日本とパリを拠点に活動する女優の美波さんです。
美波さんは、この夏、日仏合作映画『Vision』(河瀬直美監督作品)にご出演されます。映画は、幻の薬草「Vision」を探すフランス人女性エッセイスト・ジャンヌと、吉野の山守・智が言葉や文化の壁を越えて心を通わせ、未来へと歩みを進める物語。その中で、ジャンヌの通訳・花を演じています。美波さんに『Vision』出演のこと、フランスへ渡ったきっかけ、そしてパリでの暮らしについてお話を伺ってきました。
美波(みなみ)
東京都出身。2000年、深作欣二監督の『バトル・ロワイアル』で映画デビュー。化粧品のCMモデルに起用されたことをきっかけに注目を浴びる。ドラマ『有閑倶楽部』(2007年、日本テレビ)、映画『乱暴と待機』(2010年、冨永昌敬監督)など多数の映像作品のほか、舞台でも野田秀樹演出『贋作 罪と罰』(2006年)、蜷川幸雄演出『エレンディラ』(2007年)をはじめ、栗山民也、宮本亜門、長塚圭史などの演出家たちの作品に出演。2015年に文化庁新進芸術家の海外研修メンバーに選出され、フランス・パリのジャック・ルコック国際演劇学校に1年間在籍。今春は、吉田修一原作の『悪人』をふたり芝居で演じた。
今秋、KAAT神奈川芸術劇場にて、レイ・ブラッドペリのSF小説を題材にした舞台「華氏451度」(白井晃演出、長塚圭史脚本)に出演する。
現在はフランスと日本を拠点に、ワールドワイドに女優活動を続けている。
Instagram:@minamibages
突然のオファーメール、憧れの大女優との共演
−美波さんは3年前、文化庁の新進芸術家海外研修メンバーに選ばれてフランスへ留学。今はパリと日本を行き来しながら女優として活躍しています。映画『Vision』はどのような経緯で出演が決まったのでしょうか?
美波さん(以下、敬称略):昨年7月末、私のWEBサイトのコンタクトフォームに直接、出演オファーのご連絡をいただきました。その週にすぐ河瀬直美監督とSkypeでやりとりをさせてもらったんです。日本を訪れるフランス人の通訳という役どころは聞いていましたが、具体的にどんな役かは分からず…。オーディションでは、アドリブで日本語をフランス語に、フランス語を日本語に訳し、オーディション翌日「ぜひ、ご一緒しましょう」と合格の連絡をいただきました。
−あっという間に役が決まったんですね。
美波:そうなんです。しかも共演するフランス人エッセイストを演じるのが、ジュリエット・ビノシュと聞いて「ええーっ!」と本当に驚きました。ジュリエット・ビノシュはフランスの名女優で、アカデミー賞助演女優賞に輝いたこともあるくらい世界的に活躍されている方で。もともと私はジュリエット・ビノシュのファンだったので、いつか共演するのが夢でした。こんなに早い段階でその夢が叶ってしまうことに驚きましたし、むしろ「私、まだ共演する準備できていないのに…」と複雑な心境ですらありました。
−撮影前、ジュリエットさんと一緒にフランスから日本に来たんですよね。
美波:河瀬組ならではだと思うんですけど、クランクインの2週間くらい前から役に入るための準備期間を与えられます。私もジュリエットと同じ飛行機に乗ってフランスから来日し、撮影に向けて体を休めつつ、撮影場所だった奈良県吉野にある醤油工場やボタニカルガーデンなどに足を運び、彼女の通訳をしていました。
−撮影前からすでに役と同じ関係性でいることによって、役に近づいていったんですね。
美波:はい。でも通訳って、一度自分の中で解釈してから相手に説明する必要があるので、すごく難しかったです。ジュリエットは日本古来の文化や宗教にすごく興味を持っていたけど、私がきちんと説明できるほど理解できていない分野だったので、伝えるのに苦労しました。ジュリエットに「神道の起源を教えて」と言われて「どうしよう」と焦ったりしました(笑)。
−クランクイン前、ジュリエットさんと芝居のお話はしましたか?
美波:ジュリエットに聞きたいことは山ほどありました。でも役者同士で芝居の話をすることって、私はすごくデリケートなことだと思っているので、少しだけ。
印象に残った言葉は「すべて信じてはいけない」です。ジュリエットは監督や周りの環境を一度すべて疑ってみて、その上で最終的にはその場に飛び込むのだとか。あとは「役者ってもっとシンプルなことなのよ」って言葉をくださったりもしました。ひとつひとつの言葉が胸に響いて、すかさずノートに書き留めていました。
−憧れだったジュリエットと実際に共演した感想をお聞かせください。
美波:私が演じた花は、ジュリエットが演じるフランス人エッセイスト・ジャンヌの通訳兼アシスタントです。物語の序盤にジャンヌと永瀬正敏さん演じる山守・智のかけ橋になる人物で、とても重要な役柄。ただ映画を観てもらえると分かるのですが、花の感情自体はこの映画には必要ありません。だから私はあくまでサポート役として、ジュリエットを支えることに徹していました。
感情を思いっきり表現してジュリエットとセッションができなかったのは残念でしたけれど、それは次に共演する時まで楽しみに取っておきます。何よりジュリエットの隣にいたことが一番の学びでした。
−たとえばどのようなことを学びましたか?
美波:徹底的に役を理解しようとする姿勢です。古事記を読んだり、神道など日本古来の宗教に興味を持ったり…。あと、自分が理解できないときは理解するまで話しあうか考える粘り強さ。時々、河瀬監督が求める演技とジュリエットの理解がずれることがあって、そこからお互いの考えをすり合わせるために白熱した議論を交わす姿が印象的でした。
演じるのではなく、ただ存在する強さを学んだ
−美波さんは河瀬直美監督の映画に出演することも初めてですよね。
美波:まさか自分が河瀬監督の映画に出演できるなんて思ってもみませんでした。監督の映画は昔から拝見していて、とても日本的な映画というイメージがあり、憧れていました。
−河瀬監督は演出方法も独特と耳にします。撮影中は役を演じるということを超え、役として生きることを求められる、と。今回出演してみて、役者として変化したことはありますか?
美波:そうですね…。最初、監督が求める演技が分からなかったんです。「もっともっと力を抜いて」「そのままでいいから」って言われ続けたんですけど、私は自分のままでいることが結構恥ずかしくて(笑)。何だかワタワタしていました。でもやらざるを得ないし、慣れてきたのもあって、次第に演じるのではなくただ私がそこに立つ、存在するんだという意識に変わっていきました。
−演技をするのではなく、ただ存在する…。
美波:今までは一生懸命演じようとしていたんですけど、河瀬組に参加して「演技ってもっとピュアなんだ」って気づいたんです。自分の人間性や生き方がカメラを通し、スクリーンに映るのだって思うようになって。だからこそ、自分をもっと理解すること、心の声に寄り添うためにピュアでいる勇気が必要なのだと思いました。
−今回、フランス人のジャンヌと日本人の男・智のかけ橋になるという役どころで、映画『Vision』の出演が決まりました。美波さんは日仏ハーフというバックボーンやフランスへの移住を経て、度々「いつか日本とフランスのかけ橋になりたい」と口にしていますよね。今回の出演は夢に近づきましたか?
美波:うーん…。今回の出演がその夢のはじまりなのか、まだスタート地点にも立っていないのかは、正直今はまだ分からないです。でも、フランスで暮らしていてもどこにいても何をやっても、前に進むのが難しいときってありますよね。もちろん色んなことをがんばって未来への扉をこじ開けようとするんですけど、「今は無理」という時期は必ずあって…。
逆にチャンスが訪れるときというのは、すごく簡単に流れが来るんだなと。今回の出演はまさにその典型例で「こんなに辻褄が合って、スッと道が開くなんて!」と正直驚いています。
それに気づいてから何事もあまり焦らなくなりました。もしかすると『Vision』の出演が私の夢への素敵なきっかけになるかもしれないし、ならないかもしれない。きっかけの一部になって広がっていくのかもしれない。それは分からないけど、今は私がブレなければいいのかなと思っています。最終的な目標があれば、遠回りしてもいいし、かえって遠回りする中でたくさん発見したり、学ぶこともありますから。
女優というお仕事をしていると、年を重ねることについて考えることもあるけれど、もう気にしていてもしょうがないかなと思っています。一度きりの自分の人生なので、目の前にあるひとつひとつをもっと楽しんで、時間をかけてもいいから自分の納得したことを積み重ねたいです。その結果、最終的に日仏のかけ橋になれたらうれしいです。
フランスに移住した。自分に正直に生きていいって気づいた
−そのような考えはフランスに行ったからこそ持てたのでしょうか?
美波:もちろんです!私が大切にしている考え方が「やらない後悔より、やった後悔」。基本的に何かを選択するときって、どちらを選んでも後悔はつきものだと思うんです。でも私は3年半前、フランスに行ったことを全く後悔していないし、自分の行動に対してすごく誇りを持てるようになりました。いずれ日本に帰って来るとしても、フランスにい続けるにしても、それは変わらないと思います。
本当に何のツテもなくフランスへ行っちゃったから、渡仏当時は「美波は今、何しているの?」って周りからすごく心配されたんですけど、私にとってはとにかく行動したことが大事だったんです。
−フランスに行くという行動が大切だった、と。
美波:フランスに行ったから河瀬監督の映画にも出られたと思っています。そう考えると、いろいろなことに挑戦するのがどんどん楽しくなってくるんです。最近はフランス以外の国の演劇も学んでみたいと思っています。考えや視野がどんどん広がってきています。
−考えや視野が広がったというのもフランスに行ったことで起きた変化なのでしょうか?
美波:そうかもしれません。日本にいたときも楽しかったけど、良くも悪くも仕事に慣れてしまっていたり、どこかこなしている自分がいたり…。目の前の仕事の意味をいちいち自問自答しなかったし、する必要もありませんでした。でも「このままでいいわけない…」「私、腐っちゃうかもしれない…」という漠然とした不安はあったんです。だからフランスに行って、手探りだけどその不安の正体を探ろうとしました。
フランスで誰かと話したりしながら日々生活していると、自分を守れないことに対して敏感になるんです。たとえば突然道端で理不尽なケンカを売られることもあって…。そのとき、ビクビクしてケンカにぶつかっていけないと悔しいですよね。そんな経験を重ねると、否が応でも自分の感情にピュアになっていきます。
−先ほど「映画『Vision』に出演して「演技ってもっとピュアなんだと気づいた」と話していましたね。今の美波さんにとって「ピュア」がキーワードなのかもしれませんね。
美波:たしかに!フランスに住んだことで、ひとつひとつの物事に対する感覚がより開けるようになりました。今考えると、日本にいたときは閉じていたし、閉じることで自分を守ろうとしていたけど、今はありのままの自分でいることの大切さをすごく感じていて。その分いろんなことを吸収するし、吸収する分、傷つくこともあるけれど、さすがに30歳になってから少しずつ自分を自分で守れるようにもなっています。もっとピュアでいていいんだって今は思っています。
−最後に、フランスで生活する美波さんにとって小さなしあわせを教えてください。
美波:油絵を描いているときがしあわせです。私にとって絵を描く時間は瞑想と同じ。芝居の準備も絵を描くのも1人ですることだから、しんどいときもあるんですけど、感覚が研ぎ澄まされて集中していく感じが好きです。
あとはバレエとコンテンポラリーダンス。昔から続けていて、最近ようやく形になってきた気がします。トレーニングを重ねれば重ねるほど体の調子が良くなるし、コントロールできるようになるから人間の体はおもしろいですね。バイオリンを調弦するようなイメージで「今日はこの部分が不調だけど、ここは伸びるぞ〜」と、自分の体の調整方法が分かるようになった楽しさがあります。
−今後、トレーニングを重ねることでさらに分かっていくおもしろさもありそうですね。これからますます活躍していく美波さんを心から応援しています。
美波:ありがとうございます。次はぜひパリでお会いしましょう!
- ■映画情報
- タイトル:Vision
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- あらすじ:
- 世界中を旅しながら紀行文エッセイを執筆しているフランスの女性エッセイスト・ジャンヌ。アシスタントの花と共にとあるリサーチのため奈良の吉野を訪れる。杉の木立が連立する山間で生活をしている山守の男・智は、ジャンヌが山に入ってくるという老女アキからの予言通り、ジャンヌと出会い、文化の壁を超え、次第に心を通わせていく。智と同様、山守の鈴、猟師である岳、源もまた、山に生き、山を守る。それぞれの運命は思いもよらぬ形で交錯していく…。ジャンヌはなぜ自然豊かな神秘の地を訪れたのか。山とともに生きる智が見た未来とは—。
- 出演:ジュリエット・ビノシュ 永瀬正敏 岩田剛典 美波 森山未來 田中泯(特別出演) 夏木マリ
- 監督・脚本:河瀬直美
- 企画協力:小竹正人
- エグゼクティブプロデューサー:EXILE HIRO
- プロデューサー:マリアン・スロット 宮崎聡 河瀬直美
- 配給:LDH PICTURES【2018年/日仏/110分/シネマスコープ】
- HP:http://vision-movie.jp/
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