雷門で有名な「浅草寺」のちょうど裏側にある『浅草 粉花(このはな)』は、藤岡真由美さん・恵さんの姉妹が営むパン屋さん。地元である浅草の人たちの日常に寄り添う、体に優しく“かわいい”パンをふたりで焼いています。
開店と同時にお客さんが次々と訪れ、お昼にはほとんどなくなってしまうという人気店。
白い窓枠のぬくもり溢れる空間に入ると、なんだかホッとします。この店でスクスク育った酵母が、穏やかな空気を醸し出しているのかもしれません。
パン屋さんになったのは、姉妹の天命!?
近くには「浅草寺」と「浅草富士浅間神社」。お店の名前「このはな」は「浅草富士浅間神社」に祀られている日本神話の女神「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」から取ったんだとか。2つのスピリチュアルスポットに守られたこの店は、たくさんの奇跡に彩られています。
開店エピソードも奇跡のひとつ。当時OLをしていたお姉さんの真由美さんは、通っていた整体の先生にお願いされて、半ば無理やりパン教室の講師を務めることに。今まで趣味でパンを焼くことはあっても、人に教えることはなかったそう。
人前に出るのも苦手な性格。不安はあったものの、整体の先生が参加者を集めてくれ、パン教室をセッティングしてくださいました。パンが焼き上がり、オーブンの扉を開くと生徒さんたちが「わあっ」と沸いて、すごく喜んでくれました。真由美さんは、この仕事なら誇りを持って続けられると直感。「みんなに喜んでもらえるこの仕事を毎日やりたい!」パン屋さんを開くことを決意したのだそう。
本気で何かを成し遂げたいと思った時に、人は周りを動かせるもの。妹の恵さんも、お姉さんの意気込みを聞いて店を手伝うことに決めました。
地元の友人の協力を得てスムーズに開店し、今年で7年目。毎日姉妹でパンを焼いています。
「レーズン酵母」と「国産小麦」で“ソムリエもとりこ”の香り
『浅草 粉花』のパンからは、何とも言えない良い香りがたちのぼります。フラッと立ち寄ったフランス料理店のソムリエが「店の香りがいい」と絶賛。一口も食べないうちに自分の店で扱いたいから、カンパーニュを納品してくれないかと相談されたこともあるのだそうです。
ソムリエをとりこにした香りの秘密は、「レーズン酵母」と「北海道の小麦」。発酵力が安定しており、パンにしたときのフレーバーが良い「レーズン酵母」は、水とオーガニックレーズンから起こしています。なるべく近くで作られた材料でパン作りを続けたいという思いから、小麦も国産のものを使用。
趣味でパンを焼いていた時はさまざまなものから酵母を育てていました。お店をはじめる時にレーズン酵母で作っていこうと決めたんだそう。
「パン作りで大切にしているのは、酵母を育てて国産の小麦でパンを焼くこと。今後は甘酒や酒粕など日本ならではのものでパンを焼いていくことも考えています」と真由美さん。
おすすめは酵母と塩、小麦だけで香り高く焼き上げた「カンパーニュ」。「餅粉が入っているんですか?」と聞かれることもあるという、粘りのある生地が特徴です。
皮が硬く、独特の酸味がある等、食べ慣れない人も多いカンパーニュですが、誰の口にも合うように、焼き色を薄く酸味を控えて仕上げているのだそう。何もつけないで食べてもおいしい素直な味。それでいて、フレンチレストランのソムリエをとりこにする奥深さを兼ね備えています。
「丸パン」は生地に、バターときび砂糖を加えてほんのり甘めに。小さなお子さんもパクっと食べやすい手のひらサイズ。のびのびと膨らんだフォルムが愛らしく、そのまま食べても、ハムやレタスを挟んでサンドイッチにしてもおいしい一番の人気者。
ナッツやドライフルーツが入った「ベーグル」も“むぎゅっと”した食感が受けているのだそう。
パンはもちろん、お菓子もたくさん。「チーズケーキ」に「パウンドケーキ」。
冬季限定の「アップルパイ」、「スコーン」も「抹茶とホワイトチョコレート」など、季節に合わせた食材で数種類揃います。
発酵バターの香りがこうばしい焼き菓子には、体に優しい素材をたっぷりと。たとえばアップルパイのりんごは青森から取り寄せた減農薬のもの。大きめにカットして薄く伸ばしたパイ生地の中へ。小ぶりながらシャキシャキした食感が楽しいパイは、少し食べただけでも心まで満足できます。
素材の味をひとつひとつ大切にしたお菓子は「昔、修道院で作られていた簡素なお菓子」をイメージしたそうです。見た目の派手さよりも中身で勝負する“性格のいい”お菓子。午後はカフェスペース(不定期)でくつろぐこともできるので、スイーツを食べながらのんびり過ごすのもおすすめです。
パン作りが教えてくれたこと
「焼きあがったパンが愛しい」と目を細める真由美さんは、“自分らしい生き方”を教えてくれた、パン作りに感謝しているのだそう。
「酵母を小麦粉と塩と水に混ぜて焼くと膨らんでおいしいパンになります。人も同じだと思うんです。人も『真剣に生きよう』そう決めた瞬間に、それまで平坦だった世界を動かす素晴らしい力になれます。私もそうだったので。」と真由美さん。
ふたりの生きる姿と、パンを作ることは地続きになっているようです。